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2005年11月 1日 (火)

「警視の不信」デボラ・クロンビー 講談社文庫

keishi_no_husin

デボラ・クロンビー「警視の不信」を読了する。なんだか久々に、一冊、まともに本を読んだような気がする。

このシリーズ……「警視キンケイド」シリーズと呼ぶか、それともただ単に「警視」シリーズと呼ぶかは、ひとそれぞれだろうが、日本では、そこそこの支持を得ているのではなかろうか。一頃は、講談社の出版広報文庫「IN☆POCKET」上、読者の選ぶベスト10でも、好位置につけていたような気がする。ただ、シリーズも巻が進み、最近はとなると、さほどでもないのかな、固定客のみが買っているのかな、そんな気もしてきている。

さて、開幕当初こそ、事件が起こって、それを単なる“探偵”ではない、警視というしかるべき立場にある主人公が捜査にあたってきたものだが、進むにつれて、どういうわけか、その警視の手近な人間関係のなかで事件が起こるようになってしまい、シリーズ前作「警視の予感」ではなんともアレな方向に行ってしまって、果たしてこの作者、大丈夫かいなと内心ヤキモキしていたのだったが、この最新作では、ロンドンで起こった殺人事件を、ジェマが担当し、そしてキンケイドも捜査に乗り出していくという、警察モノとしても非常にストレートな形に戻っていて、それだけでも非常に安心する。

事件そのもの、そして、謎そのものは、本格ミステリや、凝ったトリックを愛好なさる方には、あまりウケないことだろう。結局は、事件に関わる各人の、素性や過去にまつわることによる。だが、下手な提示をすれば面白くもなんともないところを、順を踏んで開陳するクロンビーの筆致は、好きな人にはたまらないだろう。いや、まさか、劇中の、もう一つの話と、現代に進行する事件とが、あんな風にリンクしていくとは…それも、進行中の事件が大きく展開する、まさにその時に、劇中話が誰の話なのかが明かされるところは、実に読んでいて昂揚した瞬間であった。

また、今回の話は、久々にロンドンが舞台なのも嬉しいのだが、その舞台についても、今回大いに教えられた。本作のドラマが展開するのはノッティングヒル、そしてポートベロー。映画「ノッティングヒルの恋人」で一躍有名になったエリアと、ノミの市で観光的にも有名なポートベローに、このような歴史があったとは。その、エリアの特性というものも、おおいに事件の核心に関与しているのだが、途中、捜査をしているジェマとキンケイドに分りそうで分らないのが、これまた、たまらない。

そして、本作はジェマが主役でもある。いや、講談社文庫特製、登場人物解説つき栞を何気なく見て驚いたのだが、筆頭がジェマなのである!キンケイドはと見ると、二番手なのである!こりゃ、一体どういうことだ!と怪しみつつ読んでみると……なるほど、これはジェマが主役なのである。ジェマが昇進を果し、警部補として彼女が所轄で捜査の筆頭にたち指揮にあたる。キンケイドでさえ、彼女の指揮権に傷がつかないように気配りしつつ入ってくるのである。いやはや!そして、昇進したばかりの働く女性特有の悩み!ましてや、彼女は妊娠5ヶ月!ストレス!過労! クリスマスの寒さ! ああ、おなかの赤ちゃんは大丈夫なのか、キンケイドとの愛の結晶は……というところは、本作のクライマックスである、いやマジで。こればかりは、是非その目でお読みいただくしかない。ラストシーンまで読むと、ああ成る程、この話の主役はジェマだったのだと語納得いただけること請け合いである。

そして、本作は、クリスマス直前の季節を描いている。欧米のクリスマスは、恋愛に特化した日本のそれと違って、〈家族のイベント〉である。家族が集い、その絆を再認識し、その有難味を感謝する祝祭だといっても過言ではない。従って、本作でも、その家族というポイントが大きく関わっている。家族、それが一対の男と女と、子供によって成り立っているという見方をするなら、まさに、本作の中でおきた事件は、男と女と子供に関わるものであった。そして、家族というものが、血のつながりがあろうがなかろうが、互いに思いやり、寄り添い、支えあうことによって築かれる繋がりのある人々だというのなら、劇中に登場するノッティングヒルの人々はまさに“家族”であった。
今ひとつ忘れてはならないのは、ジェマとキンケイドの子連れカップルもまた、本作から家族になったのである。ジェマとその息子トビー、キンケイドと、最近親子だと知ったばかりの息子キット。この些か変則的な4人も、単なる血のつながりを超えて、人情によって家族を築こうと第一歩を踏み出した。

その点で行けば、本作の登場人物、話の要となるカールが、自業自得とはいえ、何故かくも哀れなのか、そして、本作の真犯人が何故そのような凶行へ突き進んでいったのか、よく分るというものである。前者は作ろうと思えば作れたのに“家族”を作ろうとしなかった。後者は無論、“家族”を壊され、その痛手から立ち直ることができなかったのだ。

ミステリとしてはさほど興趣を感じぬと硬派なファンの方はおっしゃるかもしれない。だが、ただ謎のために合理的に配置されたりしているのではなく、きっちりと人間の言動を情緒的に納得させてくれる、血の通った、誠のあるものとして描くデボラ・クロンビーの作品が私は好きなのである。

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