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2006年10月30日 (月)

獅童ぉ……

リンク: ニューストップ > 芸能 > 映画 > 中村獅童がいよいよ迎える最終局面 - Infoseek ニュース.

もはや破局は時間の問題だ。中村獅童(34)と竹内結子(26)夫妻がすでに別居していることが明らかになった。

ありゃ……。

ま、やっぱ、なんか無理のあるカップリングだなぁと思うのは、こういう風になるんだねえ……いや、なんか獅童と竹内って、並べて見るのに無理のあるカップルという気がしてたんで(実をいうと、キムタクと工藤もいまだに夫婦だというのが信じられない。尤もあちらは自分たちのイメージ操作か、滅多に二人並んで、なんてなシチュエーションを作らないけど)

まぁ、別居したい竹内の気持ちもわかるわな。獅童の最近の振る舞いをみてれば。次から次へと、ようけまぁという具合にオンナの名前がぞろぞろと。一ファンなら、獅童ちゃんたら発展家さんなんだからっ、と笑ってられるが、妻だとそうはすまないものなぁ。

しかし、「すでに獅童はCMやドラマの仕事が何本もつぶれているし、今後もしばらくテレビ出演やCMのオファーは来ない」だの「主演舞台「獅童流 森の石松」も空席が目立ち、チケットは8割しか売れない状況が続いている」というのではなぁ。

私は獅童のファンである。彼が世間に名前がパァッと売れ出したとき、そのとき、合わせて彼が梨園に連なるものだと知って、私はなんともいえない感慨にとらわれたことを今も覚えている。
「ピンポン」が2002年、そしてその後の躍進が始まったのは2003年のこと。あれは、市川家の御曹司・新之助が大河ドラマ「武蔵」で大々的に出てきていたのと同じ年だった。松竹も梨園の関係者もあの年、ブレイクするのは新之助だろうと思っていたはずだった。十分、その下地はあったし、新之助自身にもそのオーラはあった。だがしかし、大衆は獅童を選んだ……とはいえなかったろうか? 2003年ブレイクしたのは、いったん梨園を退いたモト役者の子で、梨園の一大名跡の御曹司は、ブレイクの可能性は十分あったはずなのに、それを果たせなかった。その後の新之助が、なぜか梨園に引きこもって出てこないように思えるのは私の気のせいだろうか(近年、「出口のない海」で久しぶりに映画に帰ってきたが、イマイチ評判を聞かないと思うのは、私のアンテナの感度の問題であろうか)

ことによると、このときの獅童の奮戦は、ひさびさに梨園からスーパースターが誕生した瞬間だったのではないのか、そんな風に思えたのだ。そもそも歌舞伎は庶民の娯楽である。芸に秀で、華のある役者を、観客である庶民が贔屓にして花開く。そういうものであったはずだ。だが、梨園のシステムは、血統主義のカタにはめられ、もはや無名の役者が花開く機会は、滅多にない。無論、猿之助一座のように、梨園の血統以外のところから役者をくみ上げる見上げた取り組みもあるわけだが。

少なくとも、私が知る限り、梨園出身でありながら、さほどの名ではなかった役者で、世間で熱狂的な支持を得るまでになった存在は、中村獅童ただ一人なのだ。
それほどに劇的な奇跡ともいうべき存在、それが彼なのだ。
それだけに、つまらないことでつぶれてほしくないと思う。
このまま、まさしく21世紀の歌舞伎スターとして華のある存在として、縦横無尽な活躍を続けていってほしいと思うのだ。

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