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2011年9月20日 (火)

タイタニックの首飾り盗まれる

あの悲劇の豪華客船タイタニックに遺されてあった首飾りが盗まれたのだという

タイタニックの首飾り盗まれる=展示場からなぜかこれだけ―デンマーク(時事通信)

9月20日(火)5時28分配信

 【コペンハーゲンAFP=時事】1912年に沈没した豪華客船タイタニックの乗客のものとされる首飾りが、デンマークの首都コペンハーゲンで盗まれた。展示会主催者が19日、公表した。
 犯行は17日午前で、市中心部のチボリ公園の展示場から消えた。時価1万4000ユーロ(約145万円)以上だが、主催者らは「世界的に有名で盗品を売るのは無理」「もっと高価な宝石に目もくれずこれだけ盗んだことからプロではなく素人の犯行」とみている。
かのタイタニックの遺品展示会が開催されていることを、これで初めて知ったのだが、
ほう、と思わされた事件である。
ほかの、より高価な品には目もくれず、あきらかに安価と思われるのに盗まれた首飾り。
ここに、ちょっとロマンを感じてしまったのは、自分だけだろうか。
どのような事情があって、この犯罪がなされたのか、ちょっと想像してしまう。
例えば、
あまたの展示品のなかに、自分にかかわりある人物の品をみつけた人物の犯罪ではなかろうか、とか。
どうしても、どうしても、故人の思い出のよすがに、それを取り戻したかったのかもしれない。
自分で望みを果たしたかもしれないが、盗み出す技術がなかった場合、誰かプロに依頼したかもしれない。
「ルパン3世」だったら、ありえそうなエピソード・・・なんてねw
まぁ、欲得づくではなく、人情ゆえになされた犯罪だったとしたら許せるが、単にコレクター根性が引き起こしたようなものだったとしたら、死者への冒涜だ。

2011年9月 5日 (月)

スティング、ブロードウェイのミュージカルに挑戦

長らく新作らしい新作を聴かせてくれないスティングが、ブロードウェイのミュージカルに挑戦するという。といっても、自身が出演するというのではなく、作り手として。

スティングがブロードウェイのミュージカル作品に挑戦!(シネマトゥデイ)

[シネマトゥデイ映画ニュース] 1977年にポリスを結成して、その後のソロ活動でも数多くのヒット作で世界中を魅了してきた歌手スティングが、ブロードウェイのミュージカル作品を手掛けることがN.Yタイムズ紙によって明らかになった。

違うよ・・・結成のリーダーシップをとったのはスチュワート・コープランドだって・・・。

これは、スティングとブロードウェイのヒットミュージカル作品「ネクスト・トゥ・ノーマル」を執筆した脚本家ブライアン・ヨーキーがタッグを組んだ「ザ・ラスト・シップ(原題) / The Last Ship」というミュージカルで、今のところその脚本の内容は明らかにされていないが、1980年代のイギリスのニューカッスルを舞台に、30代の男を主人公にしたミュージカルになるそうで、スティング自身もこのニューカッスルで生まれ育ち、ポリスも結成していた。

かつて、ニューカッスルで結成していたスティングのバンドは、ラスト・イグジットだって・・・。しかし、ニューカッスルとな!これだけ聞くと、かなりスティングの自伝的要素が反映した作品になりそうな予感。

今回のミュージカルについて脚本家のブライアン・ヨーキーは「まだ(スコアについては)いろいろ試している段階だが、これはスティングにとって初めてのミュージカルとなる。だから、できる限り早く出演する役者たちに彼を会わせたいと思っている」と述べ、さらに「スコアはこれまでスティングが作り上げてきたものではなく、新たに作曲したものになる」とし、すでにスティングは20~24曲を完成させているそうだ。

ほう!20数曲とな!これが実現すれば、ほんとうに久々の完全新作の予感。

「ザ・ラスト・シップ(原題) / The Last Ship」のリハーサルは今年の10月から行われるが、まだ公演日は決まってないようだ。世界中で人気を博してきたあのスティングが、どのようなミュージカルを制作するか楽しみだ。 (細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

ふむ・・・。

話だけきいていると、大層魅力的なトピックである。だが、個人的には一抹の不安がある。というのも、スティングというひとは、共同作業に向いていない人だと思うからだ。

そんなことはないだろう、アルバム制作にしても、ツアーにしても、大勢にスタッフが係わる共同作業で、それを彼は25年も続けてきたのだから・・・という向きもあるかもしれないが、それは、彼がそれらの現場で、ワンマンな、オレ様王様な強権発動の立場を取れたからだろうと思う。いや、勿論、それを25年もの間やってこれたというのは、実力があるからなわけだけどねw

「ポリス・インサイド・アウト」のボーナス特典で、スチュが、かつてのポリスと、スティングを評して語っていることが、いくつかあるのだけど、「彼はソロプレイヤーであって、共同作業に向いていなかった」といっていたのが、大変に印象的だった。

結局、ポリスが活動できなくなったのは、スティングがバンドの唯一無二のポジション、いわばプロデューサー的強権を握りたがったのに対し、あくまでステュとアンディは活動スタート時とかわらぬ、3人が対等の制作体制を維持し続けようとしたからなのだと思う。おそらく、二人が折れていたら、ポリスは活動し続けていたかもしれないが、その作風は、従来とはまったく異なるものになっていただろう。だが、そうなると、ステュとアンディの個性もポリスの音楽を構成する魅力である以上、牙をそがれた、物足りないものになっていたのじゃないかと思う。

スティングに共同作業ができないというステュの指摘が尤もだと思う、もうひとつの状況証拠があって、かつてスティングは映画業界から熱心にオファを受ける存在であった。が、役者としての活動は、80年代「DUNE 砂の惑星」あたりでストップしてしまう。のちにガイ・リッチーの「ロック・ストック・トゥー・スモーキングバレルズ」に、大物役でチラと出てきて驚かされたが、とにかく、俳優活動にスティングはさほど関心を示さなくなってしまった印象がある。

だが、これも、スチュの指摘する「共同作業に不向き」という特質を考えると、納得がいく。というのも、映画つくりとは、これまた典型的な共同作業だからだ。そして、一見すると華やかでスター性に満ち満ちている役者稼業というものは、実際の現場では、監督や作り手の、思うが侭に動くことが求められる。非常に失礼な言い方をすれば、役者は現場において、監督の人形であることが第一で、実はいちばん非人間的な役回りかもしれない。スターの意向を映画会社が伺い、そのご機嫌ひとつで監督の首が左右された、なんて時代もたしかにあったかもしれないが、それははるか昔のこと。スティングも、そうしたハリウッド黄金時代にスターになっていたら、出演が続いたかもしれないが、結局、現場において、映画のパーツであることを求められる役者という仕事が性に合わなかったのではないかと想像されるのである。そうしたことが、彼を映画から離れさせたのではなかろうか。

また、ちょっとしたムーヴィスター気取りなら、音楽のPVでいくらでも満足させられたのではなかろうか。どんどん手が込んで、あたかも映画のようになっていったPV。自分の曲のPV制作の現場なら、主役はオレ。うむw完璧だ。

そういえば、ガイ・リッチーはPVの監督をしていて頭角を現したのではなかったか。そして「ロック・ストック・・・」は、スティングの奥方トゥルーディがプロデューサーを務めている。でスティングを大物役として登場させたのは、そういう関係だったのか・・・。

とにかく、このミュージカル企画がつつがなく運営される秘訣は、スティングのオレ様王様気質をいかに損ねることなく、その強権に周囲が従うか、にかかっている気がする。だが、ミュージカル畑のプロが、そのプロ意識にしたがって、本領を発揮したら・・・とたん、怪しい雲行きになりそうな気がする。

U2のボノみたいに、金だけだしてりゃいいんじゃないかしら・・・

スティングが曲だけ書いたら、あとは舞台のプロに任せるって風にできればいいけど。

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