2016年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« このようなもん作ってなんの意味がある | トップページ | 白河院に血肉を与えた伊東四朗に乾杯 »

2012年2月 5日 (日)

大河「平清盛」をようやく見る

何かと話題の今年の大河ドラマ「平清盛」をようやく見た。

ここのところ数年、録画しても途中で見なくなってしまうことの多かった大河だが
これならなんとか見通せそうな気がする。
少なくとも、3話まで見た感触では、このドラマ、自分の好みである。

何かと話題になっているのは、とある知事の難癖ともいうべき寸評ゆえだ、
いわく「汚い」のだという。
実際にこの目で見た感想だが、この汚さの何が気に入らないのだろう。
汚く描かれているのは、実際、その時代において汚かった(下層の)ものだ。
綺麗な(上層の)ものはきちんと綺麗に描かれているではないか。
これが気に入らぬというのは、要するにこの時代について勝手なファンタジーを抱き
ドラマの描写とそれが一致しないと表明しているにすぎない。
ドラマにはドラマの作り手のファンタジーが描きこまれるのだ。
鑑賞と批評とは、まずはじっくり腰を据えてそれを見て、
その虚構の巧拙を見極めること。
自分のイメージと合致しているか否かを声高に叫ぶことではない。

まぁ、とはいえ、私もかつて武士が汚らわしい者として描かれている
創作物を見て驚いたことがあるので人のことは言えない。
とある少女マンガ家の作品なのだが、
この大河同様、全盛期以前の平家を描いたもので、
そのなかに登場する、平家の棟梁が、これがもう実に汚らしく・・・
着ているものなどはさほどではない、その人相、言葉使いが、
まるでヤクザなのだ。
その少女マンガ家はどちらかといえば華麗な、
ザ・少女マンガといわんばかりの画風で、
それまでも耽美で華麗な作品をいくらでも描いてきた人だった。
それだけに、とんでもなく下卑た地侍然の平家の棟梁には驚かされたのだが、
後々、自分で当時のことを調べていくにつれ、
なるほど、あの描き方は妥当だったのだと、今は思っている。

武士だ・武士道だ、なんだかんだといっても、それは後の
武士階級が支配者としてのし上がり、それ相応の文化を醸し出してからのこと。
源平の合戦から数百年も経てからのこと。

そもそも始まりは、「いぬさぶらうもの」として蔑まれていたというのは
事実である。
このドラマのなかで、何度も何度も「王家の犬」という言葉が出てくるのは
これを踏まえてのことだと思われるのだが、
しかし、王家だけじゃなく公家にも使えてる武士っていたわけだから
何も王家と限定しなくったってと思うのだけど・・・

ともかく、それを考えれば、まだ武士が犬と蔑まれていた時代に
殿上人の健在だった平安の世に、位人臣を極めた平清盛はやはり傑物であり
彼が歴史上悪しざまにいわれるのは、歴史上例がなかったからじゃないかと
やはり思う。

まぁ、思うに、汚らしい平家はこの後どんどん綺麗になっていくんだろう。
その権勢の高まりとともに。おとなしく待っとれと言いたい。

文句をつけるとしたら、語り手だろうかなあ。
源頼朝が壇ノ浦の勝敗を聞いて、過去を回想するという形をとっているのか
とにかく語り手が頼朝で、若い役者。
これが妥当だったかどうか・・・
まぁ、これで成長していくのだろうかな。

« このようなもん作ってなんの意味がある | トップページ | 白河院に血肉を与えた伊東四朗に乾杯 »