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2012年5月 6日 (日)

ほんとうは怖いフォスター・ザ・ピープル

タイトルに他意はございません

単に「ほんとうは怖いグリム童話」と引っ掛けてみたかっただけです。
ほんとうです。信じてください。

さて、「エウレカセブンAO」の第二話を見たら、そのタイトルの由来となっている曲「Call it what you want」を聞きたくなった。ググってみたら、アーティスト名はFoster the Peopleとある。尤も同名の曲を発表しているアーティストは他にもいるらしいが、フォスター・・・のものが現在では最も有名らしい。というわけで、Youtubeで件の曲を聴き、あまりにグっときたので、さらにこのバンドの曲をさらにいくつか聞いてみると・・・え?「Pumped up Kicks」?

Foster the Peopleって、あの奇妙な印象を受けた「Pumped up Kicks」のFoster the People

Pumped up Kicks」は聞いていた。2011年のヒット曲のひとつで、しかもこのグループはインディーバンドだという。ヒットになったきっかけはラジオで取り上げられ、ヘヴィチューンとなったからだとか。実にバンド結成から半年で成功への階について、その後「今アメリカで最も注目され、かつ将来が楽しみなバンド」と目されるようになったのだという。ある意味21世紀になってからの音楽シーンにおける(レディー・ガガとはまた違った意味で)アメリカン・ドリームの体現者といえる。

で、ブレイクのきっかけとなった「Pumped up Kicks」であるが、私が初めて聞いたのは2012年年初、2011年の音楽シーンを回顧する番組であったろうか。ここんとこガガ様一辺倒だったし、それに比べて薄味というのが第一印象だった。ガガめいたものが好きだから、おそらく私は「Call it what you want」が好ましかったのだろう(PVも最高♪)。だが、それだけではなかったのだ。「Pumped up Kicks」を聞いたとき、なんだか、ちょっとゾっとしたのだ

キャッチーなメロディラインだと思う。
クラブでリズムに身を任せて身を揺らすのに打ってつけとでもいうか。
そして語りかけるような歌声。
全体に、とても耳障りがいいし、
本来なら心地よいと思っていいはずなのだ。

だが、私にはそう思えなかった。

なんだろう。メロディも歌声も、奇妙に感じられたのだ。
ストレンジ、あるいはウィアードというか。
思ったものだ。
これは麻薬で気持ちよくなっている男がその気分をつづった歌か」と。
なにかうつつとは思えない雰囲気を、音が醸し出している。
そして、それは寝ていて見る夢というよりも、
クスリで人工的に作り出されたもの、のような。

私が当時ゾっと感じた、その内容を言葉にすると、そういうことになる。
私はそういう麻薬とかの類に問答無用で恐怖するタチなのだ。意識の変容が怖い。
自分が怖いと思うもの、それに通じる何かを、この曲が持っている、そう思えて
これヤバくね」と思ってしまったのだ。

で、今回、改めて、聞きなおして、歌詞を読み、麻薬とかではなかったけど、この歌がやはりゾッとさせるだけのものをもっていると、認識した次第である。

問題は麻薬ではなかった。だ。

要するに、これ、マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」や、ガス・ヴァン・サントの「エレファント」と通じる世界を描いているということらしい。

銃を持ち出し、無差別に学校で乱射してのけた生徒の事件あったでしょ。
(アメリカでは、今も時々起きている)
「run run run」と歌っているのは、その犯人らと同じことをしようとしてる若者、らしいんですなあ^^;

「流行のスニーカーをはいたイケてる君たち、
ボクの銃より、早く走んなよ。走ったほうがいいよ。
ボクの弾より、早く走んなよ。走ったほうが身のためだよ」
(=さもないと、撃ち殺しちゃうよ、と言外にいってるわけだ!)

それを、あんな夢見るようなメロディーで、甘く切なく歌うだなんて・・・
「嵐が丘」で、幽霊のキャシーになりきって歌ったケイト・ブッシュ以来の衝撃だぜ!

この曲きいて、癒されるゥ~和むゥ~気持ちイィ~♪だのいっていては
アブナいかもしれまぜんぞ、そこのアナタ。

ああ、でも、ケイト・ブッシュの「嵐が丘」と同様なのかもしれないと、今思った。
この甘やかさは、死の甘い吐息なのかもしれない・・・。世紀末ウィーンみたいな。

一見するとダンサブルで心地よいリズムのシンセ・ポップでありながら、そこに、こんな社会派で、下手なジュンブガクも真っ青な歌詞を無理なく載せるだなんて・・・なるほど、こりゃ、スゴいバンドだ。

そして、それがインディーでありながら、スマッシュヒットになったということは、この歌の世界に、アメリカ人の大多数が共感したということだ。そこに問題があるというか、自分たちの暮らしている中のヤバいことなのだと、意識的か無意識的かはわからないけど、感じ取ったということだ。

マーク・フォスターという男は、今後も、アメリカ人の無意識に訴えかける歌を作っていくだろうか・・・それは今後の作品をみないとわからないだろうが、

願わくば、この曲聴きながら銃乱射とかするバカが出ませんように。

参りました。
怖ェよ。Foster the People

[追記]ここでちょっと記事の訂正と追加を行わせていただく。私はこの曲の背景として、アメリカの銃問題を連想した。しかしこれはコロンバイン高校銃乱射事件をあくまでアメリカと銃問題という視点から見た認識不足な見方だと今は考えている。
 確かに日本などからすると、あまりに銃に優しいアメリカ社会への批判意識があり、そればかりに目がいってしまうのだが、コロンバイン高校の事件はそれだけでなく、アメリカ的なイジメ問題がある。犯人の二少年は、成績優秀ではあったが、いかんせんスポーツ優秀ではなかった。そしてアメリカの学校生活はスポーツで優秀な選手をスターとする傾向がある。スポーツの花形選手たちはただ学内の人気者というにとどまらず、学校に名誉をもたらす者であり、大人たちからも評価が高い。で、彼らがイギリスのパブリック・スクールの生徒が文武両道の紳士たらんとするのとは違って、高慢で横暴な学内の“貴族”となりはてるのである。彼らは「ジョック」といわれる。そして、自分たちの基準に照らし合わせてイケてない者をイジめるのである。コロンバイン事件の犯人二人は、コロンバイン高校のジョックたちのイジメの対象であった。
 事件後、犯人の二少年は、「トレンチコートマフィア」というグループに属していたと報道された。これはジョックスからの執拗な攻撃に対抗するため組織されたといい、反社会的で、ナチスを信奉していたともいう。ところが、この二少年たちが事件を起こす以前に、グループのメンバーは卒業ないし退学となっている。彼ら二人は、例えば、イギリスの労働階級の荒くれスキンヘッドのような貧しく教育の程度の低い者ではない。どちらも品行方正で裕福な中産階級の家庭で育ち(方や軍人、方やBMVを何台も所有するパパ)、非常に賢く飛び級をしたりしていた。
 結局、高校のジョックスが幅を利かせ、彼らの個性・ありようをみとめず、尊厳を無視し、苛み続けた環境が、彼らをあそこまで追い詰めたということが考えられるのだ。勿論どんなに苛まれたかといって、学校に銃もちこんで乱射することが許されるわけではない。しかし、彼らがそこまで苛まれたということは事実だ。ジョックスのイジメは教師によって黙認されていた。彼らのイジメに耐えかねて反撃しても、反撃した側が処分されることもあったのだという。
 いずれにしても、アメリカで学校生活をすごした者であれば、程度の差こそあれ、誰でもジョックスの存在に悩まされたり、眉をひそめたりすることはあるのではないだろうか。彼らと価値観を同じくできればいいだろうが、そうでない人にとっては非常に苦痛だったろう。ましてや目をつけられイジメられたものにとっては・・・「Pumped Up Kicks」の歌詞の少年は貧しい家庭ということだが、「Kids with pumped up kicks」とはまさしくジョックスのことだろう。この歌の背景には、非ジョックスの共感があるのだろうか。(なにもナードだけではなくて)
 ちなみに、FTPのメンバーはコロンバイン事件犯人より2,3歳下である。多感なミドルティーンの頃、事件をどう見たのだろうか。

この歌がアメリカでヒットした根源的要因はなんだろう。銃に囲まれた生活をしている自分たちへの漠然とした不安か。それとも、実は誰もが抱えているジョックスへの憤懣、あるいはジョックス的なものから攻撃され人間性が損なわれることへの怒りか。

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