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2012年7月 4日 (水)

YMOの「Mass」を聞いていて夜が明けてしまったよ

ここんとこフォスター・ザ・ピープル一辺倒だったが、久しぶりにYMOが聴きたくなった。それも或る曲がだ。

突如、風呂に入っているときにメロディが脳裏に蘇ってしまったのだ。

脳内リピート状態。

こうなったら、矢も楯もたまらない。風呂からあがって着替えるやいなや、Youtubeで検索だ。

しかし、目当ての曲が見つからない。「テクノポリス」もいい。「ライディーン」も無論いい。「中国女」ももちろんいい! だが、いま私が聴きたいのは、それらではないのだ。あの曲なのだ。

見つけられないのも道理。曲名が出てこないw あ~w年はとりたくないものだっ

収められていたアルバムも思い出せない。

こうなったらウィキあたりで、彼らのディスコグラフィを見て、手当たり次第、聞いていくしかない!

と、ある曲に引き付けられた。

アルバム「BGM」の「マス」。

もしや、と思ってYoutubeにとって返し、聴いてみる。

ああ・・・

そうだ、これだ。これが聴きたかったのだ。

あれから数時間。

この重苦しくも、どこか救いの光が一筋さしこんだかさしこまなかったかのような曲、
あたかも宗教的苦行の果て、絶望と哀しみの中に、希望をみたような錯覚を覚える雰囲気の・・・

それをリピートして、夜が明けた。

完全に暗闇は払われ、白々とした朝がきた。

アルバム「BGM」の中で、この曲が一番心に残っている。

発表当時、私は中学生だったか。もっと年くってた頃に聞いた気がするんだが・・・錯覚なんだろうな(^^;

当時は中二病という言葉はなかったが、今ならそれで片づけられてしまいそうだが、
こうして心の中に蘇り、夜を徹して聞きほれてしまうほどの愛着を傾けられる対象は、そんな言葉で片付けてほしくないというのが、正直な本音だ・・・

ああ、だまれニワトリw(近所にホントに鶏がいて鳴いてるんです) 「Mass」の余韻が台無しじゃないか。

今回、曲を見つけるために検索していろいろ「Mass」についてわかった。

とりわけ収穫だったのが、歌詞。

こちらで歌詞がわかった。

なんだ、なんだ、この内容の、今のこのときの空との合致は。

あかつきの空。自分のいく手。

―私は行く

―そして皆も歩いていく

歌詞の内容など最初に聞いた時にはわからなかった。もちろん今だって聞いただけではわからない。英語だってだけでわからないのに、ピーター・バラカンはロシア語の歌詞までつけている。

なのに、なぜ、こうして歌詞を目にしたとき、ああ・・・と納得できてしまうのだろう。

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