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2012年8月30日 (木)

「白雪姫」ブームでもおきてるんかい?

つい、こないだシャーリーズ・セロン女王の「白雪姫」が来たと思ったら、こんだ、ジュリア・ロバーツ女王ですかい!

どういうことなんだろう。この立て続けの「白雪姫」映画は・・・。

つい、こないだじゃなかったか。シャーリーズ・セロンが女王でクリステン・スチュワートが白雪姫の「スノーホワイト」が日本公開されたのって・・・まぁ、予告編やCMで見る映像はなかなか興味深く・・・いや、正直にいおう。目を奪われました。セロンもまぁ魅力的で・・・でも劇場に足は運んでいませんw ああ。まさしく「観ないでモノをいう」www

あれから、まだ数か月。それでもう《別の白雪姫》映画が来るという。正直いって、ええ~wと思わされる。今回は「白雪姫と鏡の女王」。女王がジュリア・ロバーツで、白雪姫にはリリー・コリンズ。誰?と思ったが、80年代ポップスの立役者フィル・コリンズの愛娘だそうだ。

日本では「スノーホワイト」が先で、「白雪姫と鏡の女王」が後になったが、全米では公開淳は逆だったのだそうだ。いや、順序なんてどうだっていいw どうして、こんなにも似通った作品がこんなにも近い時期に公開されるのか? 確かアメリカの上映って、徹底したリサーチ方式じゃなかったっけ?? それなのに・・・@@; ハリウッドに今なにが起きてるんだろう。

まぁ、確かに両者は原作は同じグリム童話の白雪姫とはいっても、テイストは違う。
「スノーホワイト」は甲冑に身を包み、剣をふるう戦う白雪姫。それに対して
「白雪姫と鏡の女王」はコメディ・ファンタジーだという。

しかし多少テイストに違いがあろうが、同工異曲というものだろう。トマトソースにチーズをとろけてイタリアンなハンバーグだろうが、おろしポンズをのせた和風ハンバーグだろうが、どちらもハンバーグというのと同じくらいに。

「スノーホワイト」のときもCGやらなにやら技術の粋を集めた印象的な映像だと思ったが、その監督ルパート・サンダースはこれまでCMで活躍していた人だという。
対する「白雪姫と鏡の女王」の監督は、あのターセム・シンだ。「ザ・セル」「落下の王国」そして「インモータルズ 神々の戦い」の! もう、とにかく圧倒させられる映像センスの監督である。そしてターセムはミュージックビデオ界出身だ。サンダース監督と一脈通じるところがある。

そして女王役だ。方やシャーリーズ・セロンが貫録をもって悪の魔女王を演じ、方やジュリア・ロバーツが自分大好き!のわがままオンナを演じるのだという。ノリは違っても、とにかく白雪姫役の女優に比べてキャリアでも名声でも圧倒的なベテランである。しかし、かつてシャロン・ストーンが嘆いていたように、ハリウッドでは熟女の女優にはなかなかいい役がない。こんな似通った企画が同時進行したのは、彼女たちのようなベテラン女優たちの演じる場を無理やりにでも作り出すため?と勘繰りたくなる。

そういえば・・・と記憶を手繰り寄せてみる。そういえば、昔、シガニー・ウィーバーが女王を演った「白雪姫」があった(1997)。あと、ミランダ・リチャードソンが女王だったのもあった(2001)。ミランダはこれまたキャリア十分のベテランである。と、なると・・・白雪姫における女王というのは、赤穂浪士における吉良上野介のような役?じゃあ白雪姫は大石主税かな

しかし、「スパイダーマン」が、2000年代のサム・ライム&トビー・マグワイア版から10年そこそこで「アメージング・スパイダーマン」ができても、「ええ~?もう?ちょっとリメイクするには感覚はやすぎない?」と思わされたものなのに、一年もたたないうちに同じテーマの話が公開されるってのは、ほんとにハリウッドはどうしちゃったんだろう。

ところで、グリム童話というのは、「ほんとうは恐ろしいグリム童話」なんて本が出て現在は広く知られるようになったが、グロくてエロい話が多い。本国ドイツで初版が出た際、あまりに余りなので各方面から批判が殺到したという話が鈴木晶「グリム童話」(講談社現代新書)に紹介されている。そしてグリムはその批判を受け入れ(ひよったんじゃないよw真面目な人だから。別にエログロが好きでグリム童話だしたわけじゃないからw)、刷を重ねるごとに、グロさエロさを薄めるために内容が改められていったという。

では、ほんとうはグロくてエロいグリム童話で、そもそも原・白雪姫とはどういう話であったかといえば、女王と姫は実の母娘であったのだという。そして、両者の戦いは「母と娘のエディプス的葛藤」であり、実は父親を巡る女の戦いなのである。鈴木晶は父親の影は薄いがといっているが、そう考えると、なんだかイヤ~ンな気分になる。ごくごく狭い世界での近親相姦的争い・・・ああ、剣呑剣呑ww

グリム童話のなかにはもっと露骨に父と娘の近親相姦話があるという。「手なし娘」と「千枚皮」だ。

「手なし娘」・・・貧しい粉ひきが、悪魔から「水車小屋の裏にあるものをくれると約束したら、おまえを金持ちにしてやる」と言われ、水車小屋の裏にはリンゴの木しかないと考えて、その通り約束する。だが、家に帰ってみると、水車小屋の裏にいたのは自分の娘だった。やがて悪魔が娘をひきとりにくるが、娘の両手が清められているために近づくことができず、粉ひきに娘の両手をさしだして、切り取らせる。
結局、悪魔は娘を手に入れることができず、引き下がる。父親は娘に「おまえのおかげで金持ちになれた。おまえを一生大事にしてやる」といいのだが、娘は「ここにはいられません」と言って家を出てゆき、ここから別のストーリーが始まる

なんで娘が家を出なアカンねん!とプンスカしてしまう展開である。この話を収めたグリム兄弟当人たちもプンスカしないまでも釈然としなかったらしい。その後、さらなる説話の収集をしていって、この話の類話を見つけた。「その類話のストーリーは論理的に一貫しているので、彼らは初版の話を差し替えることにしたのだが、一つ大きな問題があった。というのも、その類話には悪魔は登場せず、娘は、悪魔的な父親に結婚を迫られ、それを拒んだために両手と両乳房を切り取られ、それで家出するのだ
結局グリム兄弟はこのまま童話に収めることはできなかった。

「千枚皮」・・・金色の髪をした美しい后が、臨終の床で王に、「もし結婚するならば自分と同じくらい美しい、金色の髪の女性としてほしい」と言い残して死ぬ。その後、王は長いこと再婚など考えなかったが、側近たちに勧められ、花嫁を探すための使いが四方八方に派遣される。だが、后と同じくらい美しい女性は見つからない

さて、王には姫がひとりいた。亡くなった后の忘れ形見だ。母親譲りの美しい金の髪をしていた。そう、娘こそが亡き妻の遺言にかなう唯一の女性だったのである。そして王はいった「私は娘と結婚する」。

王国は上を下への大騒ぎ。かくして姫は王国を出奔し、ここから別のストーリーが展開する。(以上、斜体部引用は、すべて鈴木晶「グリム童話~メルヘンの深層」から)

まぁ、実に困った父親であるが、白雪姫における親子関係を考えるときに念頭に置いておいていいと思う。少なくともシガニー・ウィーバーの「スノーホワイト」ではまだその、イヤ~ンな母娘関係が伺えたし、サム・ニール演じる父王が亡き妻のドレスを着た娘にうっとりしてしまうのは、作り手が「千枚皮」を意識していたのではとすら思わせる。だが、2012年日本に来襲した白雪姫では、父親の影が薄いのなんの・・・シャーリーズ・セロンとクリステン・スチュワートは、父親の寵愛ではなく、王国の覇権をめぐって戦うわけだし・・・。しかも3部作でしょ。完全に「ロード・オブ・ザ・リング」的大作ファンタジーの売れ筋を踏襲したいわけでしょ。

この「白雪姫と女王のイヤ~ンな関係」については、次のブログで大変興味深い話がよめた。

「プルート通信:映画スノーホワイトにみる母娘の心理劇」

是非ご一読を(^^)

それにしても、説話とか民話とかが、その地域の暮らしぶりとか風習が少なからず反映しているのだとしたら、かつてドイツ圏ではどんな父娘関係があったのだろうか。近親相姦的なものはタブーであって社会的に許されざる罪だったのか、それとも生きていく上、冒さざるを得ない必要悪だったのか・・・もちろんキリスト教化された後は当然タブーであったろう。だから「手なし娘」はグリム兄弟が手を入れずとも、悪魔的父は、悪魔と父に分離させられた話になったのだろうから。

そういう、根源的なドロドロさがない2012年版「白雪姫」は果たしていいんだか悪いんだか・・・まぁ、多分悪いことではないんだろうな・・・多分。

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