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2012年10月 6日 (土)

「マリー・アントワネット」と対照的な映画なら

イザベラ・アジャーニ主演の「王妃マルゴ」じゃなかろうかと。

ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」を見て、映画として対照的なものということで、「王妃マルゴ」を思い出している。

「マリー・アントワネット」は歴史上の有名人を扱っていながら、史劇のかけらもなかった。では史劇的ということで、これはという作品を求めるなら、やはり「王妃マルゴ」ではないかと。

ライトでポップな「マリー・アントワネット」
重厚でドロドロな「王妃マルゴ」

ちなみにどちらもカンヌ(パルム・ドール)出品作である。
「マリー・アントワネット」が2006年で
「王妃マルゴ」がたしか1994年。オープニング作品でもあったんじゃなかったかなあ。

監督は
アメリカのまだまだ若き才媛ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」
フランス演劇界の巨匠でもあるパトリス・シェローの「王妃マルゴ」

主演は
今でこそカンヌ賞女優だけどけして美人とはいいがたいキルスティン・ダンスト
コメディフランセーズ出身でセザール賞に幾度も輝く現代フランスの大女優イザベラ・アジャーニ

ヒロインの造形も好対照だ。どちらも王女であるが
マリー・アントワネットは、外国からフランス王家に輿入れした嫁。
王妃マルゴは、フランス王家の姫君。

ギャンブルに熱をあげ、舞踏会に励み、浪費するなどは事実だったが、淫乱というのは恐らくあたってないだろうマリー・アントワネットに対して

十代で性に目覚めて以来、淫蕩の限りを尽くしたといわれるマルゴ・・・そのなかには実の兄弟との近親相姦もあったというが、噂は本当だったんじゃないかと囁かれているのが恐ろしい。

母親は、
ハプスブルグきっての女傑マリア・テレジアの、マリーに対し、
自分の不器量、夫の不実など不幸が重なり、フランス史上きっての陰謀家と評されることもあるカトリーヌ・ド・メディシスの、マルゴ

などなど、いろんな点で、2作品は対照的だと思う。

わけても対照的なのは、「王妃マルゴ」がカトリックとプロテスタントの対立をいう当時の時代背景を踏まえて、映画のクライマックスとして聖バルテルミーの虐殺を据えてくる点だろう。あの死体の山は圧巻だった。こういうクライマックス感が「マリー・アントワネット」にはない。あのラスト近く、ベルサイユに群衆が押し寄せたことで同等とみなすなんてことは、到底できない。そういう点でも「マリー・アントワネット」のほうはライトでポップw

物語を構成する出来事はね、割と共通してるんですよ。
・王家の娘
・政略結婚
・不倫・秘密の恋人
だけど、それぞれの重みと、展開が全然違う。

一番違うのは、ヒロインの個性ですかねえ。王妃マルゴこと、マルグリット・ド・ヴァロアが淫蕩な女だったことは書いたけど、映画でアジャーニが演じるマルゴの意志的なこと。女優としても、アジャーニとダンストじゃ、貫録が違いすぎるけど、アジャーニのマルゴは、「燃える石」のように強烈でしたからねえ。ふわふわしたダンストのマリー・アントワネットは申し訳ないけど可愛いだけ・・・

画面も、「王妃マルゴ」は暗かったしねえ・・・陰影が豊かというか、闇が濃い。それはもう、ありとあらゆる点で。その闇のなかに、アジャーニの白い肌が鮮烈で・・・。そのあたりは、もう、「ノスフェラトゥ」か「ポゼッション」てなもんでw

舞台もね・・・整然としているベルサイユ宮殿の広々とした空間が印象的な「マリー・アントワネット」に対し、パリのほの暗い石畳、冷たい石組の宮殿、狭苦しい部屋、血、汚らしい泥はねすらも印象的な「王妃マルゴ」てなもんで、対照的でしたねえ。マルゴのほうは、その狭い空間で、濃密な人間関係が、こう、なんていうか、それこそドロドロしてて・・・

王妃マルゴの時代、フランス王室はヴァロア朝だった。彼女はその最後の世代で、王冠は、彼女が結婚したブルボン家のアンリに引き継がれる。そう、この作品もまた時代の転換期を背景にしている。ヴァロア朝からブルボン朝へ。王朝交代期。

母后カトリーヌには男の子が何人もいたっていうのにね・・・

そしてブルボン朝の落日を彩ったのがマリー・アントワネットだ。

「マリー・アントワネット」も「王妃マルゴ」も、王家の落日に関連した物語ってことは共通している。

そうだ。落日で思い出したが、

そういや「マリー・アントワネット」のラストは、群衆がベルサイユに押し寄せ、その翌朝、いつものように朝食をすませて、国王一家が馬車でパリに連行されるというものだった。

その後、ラストのカットは、あの王家の寝室。破壊の跡があり、豪華なシャンデリアが落ちている悲惨な状況の寝室。

だが、なんとはなしに、あっけらか~んwとした印象を受ける。

それが革命のエネルギーによって、庶民の暴動によってなされたというよりも、物語中盤、王妃となったマリーの誕生日パーティが明けたあとのことを思いだす。

あの誕生日パーティは、ソフィア監督が「当時の王侯貴族のパーティって、現代アメリカのパーティと同質よね」といわんばかりの描き方だなと思わされたが、パーティで夜明かしして、朝日を見る、というのと、暴動による狂乱の一夜が明けたのも同質であるといった感じがする。

昔はよく、ロックやポップスの歌手が、滞在するホテルで一晩乱痴気騒ぎを繰り広げ、翌朝、部屋が惨憺たる状況になって、という話をよく聞いたが、あのラストの荒らされたベルサイユの寝室が、なんとはなしに、それと同じように思えてくる。

つまり、ソフィア監督は、マリーのベルサイユでの20年近くに渡る生活を、そういったセレブの乱痴気騒ぎの日々と同じものと認識していたのではと、改めて考えさせられる。だからこそ、あのラストは夜明けでなくてはならなかったのではなかろうか。

だが、「王妃マルゴ」のほうじゃ、そんな現代的なセレブの甘っちょろさを差し挟む余地はなかったよなあ(^^;

機会があれば、もう一度見たいものである。

あまりに現代的な映画を見てしまったあとだけに、史劇らしい史劇も見てみたい。

しかし、カンヌ出品作も、考えてみれば時代をくだって、変わってしまったものだねえ。
90年代半ばは、「王妃マルゴ」のように、ド本格!荘重!て作品が目白押しだったものだが。

飲み物に例えれば、しっかりとした赤ワイン。

「マリー・アントワネット」は・・・シャンパンを詐称する炭酸入りアルコールだろうか・・・

ちなみに、94年カンヌでパルムドールをとったのは、タランティーノの「パルプフィクション」。ソフィア・コッポラと一時期つきあってたんじゃな~いといわれる彼である。そしてこのタラの登場が、映画を、教養を要する娯楽から、単なる現代サブカルチャーへと、舵を切らせていくように思うのは穿ちすぎる考えだろうか。

【蛇足】「マリー・アントワネット」でデュ・バリー夫人を演じたアーシア・アルジェントも、「王妃マルゴ」に出ていたりするw

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