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2013年1月30日 (水)

オランダ女王退位のニュースの報じられ方

オランダのベアトリックス女王が、退位を表明した。その事実の報じられ方が、通信社ごとにちと違っていて面白い。

朝日新聞1月29日夕刊では次のようになっている。

「オランダ女王4月退位、皇太子が即位へ
123年ぶり男性国王

 オランダのベアトリックス(74)は28日、国民向けにテレビ演説し、4月30日に退位して長男ウィレム・アレキサンダー皇太子(45)に王位を譲ると表明した。オランダは3代女王が続いており、男性の国王は123年ぶり。

女王は、今月31日で75歳になるのと、現在の立憲君主制の王室ができて200年の祝賀を年末に予定していることから、「次世代に引き継ぐときだ」と退位の理由を述べた。女王は1980年、先代のユリアナ女王の退位に伴い即位。国民からの人気も高かった。皇太子は国連「水と衛生に関する諮問委員会」の議長を務めるなど、水問題に取り組んできた。

オランダ王室は日本の皇室と関係が深く、互いの往来も多い。
(ブリュッセル=野島淳)」

読売新聞ではこうだ。(参照:1月29日4時3分配信、最終更新10時22分)

「オランダ女王が退位表明・・・4月に皇太子へ譲位

【ブリュッセル=工藤武人】日本の皇室ともゆかりが深い、オランダのベアトリックス女王(74)が28日、テレビ演説し、退位する意向を表明した。

 4月30日に長男のウィレム・アレクサンダー皇太子(45)に譲位する。オランダでは前代、前々代も女王で、皇太子が即位すれば1890年以来の男性国王となる。

 ベアトリックス女王は、今年が同国の王制開始200周年で、自身も31日に75歳の誕生日を迎える節目だと指摘した上で、王位を「新たな世代」に託すべきだと判断したと退位理由を説明した。女王は1991年に来日しているほか、2000年には天皇、皇后両陛下がオランダを訪問されている。」

毎日新聞。(参照:1月29日11時12分配信 最終更新:13時4分)

「<オランダ>女王、退位へ…男性国王123年ぶりに誕生

【ブリュッセル斎藤義彦】オランダのベアトリックス女王(74)は28日、今年4月30日に退位し、アレクサンダー皇太子(45)に王位を継承すると発表した。高齢や、今年が王室創立200年にあたることから決意した。オランダで男性の国王が即位するのは1890年に死去したウィレム3世以来123年ぶり。

 女王は28日夜に放映された演説で、「オランダを担う責任を新しい世代に引き渡すべきだと確信した。皇太子は準備が十分できている」と述べた。

 女王は80年、母のユリアナ女王の退位に伴って即位した。02年に夫で元西ドイツの外交官だったクラウス殿下が死去。昨年、次男のフリソ王子がスキー事故で意識不明になるなど不幸が続いていた。

 アレクサンダー皇太子は英国に留学経験があり、国連や国際オリンピック委員会でも活動してきた。マキシマ皇太子妃はアルゼンチンの軍事政権時代の閣僚の娘で、結婚は議論を呼び、02年の結婚式では皇太子妃の親族が出席を見合わせた。」

国内紙で、皇太子妃のマキシマさんのご実家情報が出てくるのは毎日さんだけ。

産経新聞。(参照:1月29日(火)11時24分配信、最終更新:11時30分)

「オランダ女王が退位表明 19世紀以来の男性国王へ

【ロンドン=内藤泰朗】オランダのベアトリックス女王(74)は28日、テレビで演説し、「新しい世代に王位を譲りたい」と述べ、今年4月30日に退位する意向を表明した。次期国王には、女王の長男、ウィレム・アレクサンダー皇太子(45)が即位する。同国では1890年に国王ウィレム3世が死んだ後、3代にわたり女王の治世が続いており、男性国王の誕生は19世紀以来となる。

 オランダからの報道によると、今月31日に75歳の誕生日を迎えるベアトリックス女王は「職務が大変になったから退位するのではなく、新しい世代に職責を譲るべきだと確信した」と説明。「皇太子とマキシマ妃は、新たな役割のため十分な用意ができており、わが国のため献身的に尽くすだろう」と語った。

 オランダでは、女王の退位表明は若者に道を開くものだとして歓迎する意向が強いという。

 ベアトリックス女王は1938年、ユリアナ前女王の第1子として出生。80年に42歳で即位し、33年にわたり国民の厚い支持を得てきた。しかし、オランダではユリアナ前女王、ウィルヘルミナ前々女王が存命中に退位しており、ベアトリックス女王もこれらの例にならった形だ。

 ベアトリックス女王は91年10月にオランダ国家元首として史上初めて日本を訪問。ウィレム・アレクサンダー皇太子はオランダ海軍で兵役を務め、パイロットの資格を取得。多数の運河を抱えるオランダの治水問題に従事し、国際オリンピック委員会(IOC)の委員も務めている。」

朝日が一番短く、産経が4紙の中では一番細かいのかな・・・退位する女王の動機。次の国王になる皇太子の簡単なプロフィール。先代のユリアナ女王もまた退位したことや、今回の女王の決断はオランダ国内で歓迎されていることなど、一見すると一番バランスがいいように思える。

ここまでは国内を代表する4紙。では国外はと見てみると。

AFP=通信。(参照:1月29日(火)8時28分配信、最終更新:17時10分)

「オランダのベアトリックス女王が退位を表明、皇太子に譲位

【AFP=時事】オランダのベアトリックス女王(Queen Beatrix、74)は28日、テレビで演説し、4月30日に退位してアレキサンダー皇太子(Crown Prince Willem-Alexander、45)に王位を譲ると表明した。

ベアトリックス女王は31日に75歳になることや、2013年にオランダ君主制が200周年を迎えることなどを退位の理由として挙げた。ベアトリックス女王の母、ユリアナ(Juliana)前女王も1980年に退位し、当時42歳だったベアトリックス女王が即位していた。

 オランダで男性の国王が即位すれば、1890年に死去したウィレム3世(Willem III)以来のこととなる。【翻訳編集】 AFPBB News」

こちらでも久々の男性国王誕生をいってるなあ!

ロイター。(参照:1月29日(火)9時23分配信、最終更新:11時26分)

「オランダ女王が皇太子に譲位、約1世紀ぶり国王誕生へ

[アムステルダム 28日 ロイター] オランダのベアトリックス女王は28日、国民向けテレビ演説を行い、4月30日に退位し、王位をウィレム・アレクサンダー皇太子(45)に譲渡すると表明した。国王の誕生は約1世紀ぶり。

1980年に42歳で即位した女王は、今月31日に75歳の誕生日を迎える。演説の中で「公務が大きな負担となっているために退位するのではなく、オランダに対する責任を新たな世代に引き継ぐべきだと思ったからだ」と退位理由を説明した。

ウィレム4世として即位することになる皇太子は、アルゼンチン出身のマキシマ妃と結婚し、現在3人の子どもがいる。」

女王の退位の動機を伝えている。
次期国王となる皇太子の今の名前よりも、国王としてのウィレム4世という名前を伝えるところが工夫のしどころなのか、皇太子の現在の活動については一切無し。

お次はCNN。(参照:1月29日(火)9時29分配信、最終更新:18時44分)

「オランダ女王が退位表明、4月に皇太子へ譲位

(CNN) オランダのベアトリックス女王(74)は28日、在位33周年を迎える今年4月30日に退位し、皇太子に王位を譲ると表明した。

ベアトリックス女王は1938年1月31日生まれ。第二次世界大戦中に家族に連れられてロンドンへ逃れ、さらに母や妹らとともにカナダへ避難した。

66年にドイツ外交官だったクラウス殿下と結婚。67年に長男ウィレム・アレキサンダー皇太子、68年に次男フリーゾ王子、69年に三男コンスタンティン王子が生まれた。80年に母ユリアナ女王が71歳で退位したのを受け、即位した。

クラウス殿下は02年、76歳で死去した。結婚当初は旧敵国の外交官出身だったことで国民の反発を買ったが、その後歴代で最も人気のある王室メンバーのひとりとなった。

女王は政治的に中立な立場だが、国家元首として首相と毎週会談し、閣僚らとも定期的に会ってきた。公務には法案への署名や内閣の任命も含まれる。

ウィレム・アレキサンダー皇太子は45歳。英ウェールズと国内の大学で歴史学の学位を取り、85~87年に海軍で兵役に就いた。女王に代わって国際的な場に出ることが多く、98年から国際オリンピック委員会の委員も務めている。

02年にアルゼンチン生まれのマキシマ妃と結婚。3人の娘がいる。皇太子が王位に就いた後は、長女アマリア王女(9)が王位継承者となる。」

CNNは、ベアトリクス女王の配偶者のこと。三人の王子のこと。そして最後に、次の王位継承者となるアマリア王女にふれた。

そうなのだ。123年ぶりに男性国王が誕生するにしても、結局は、その次は女王。一代おいて四代女王の国、それがオランダなのだなあ。

あと、次期王妃となるマキシマ皇太子妃について、簡単にアルゼンチン出身とふれているところはあるが、実は、アルゼンチンのあの悪名高い軍事政権時代の閣僚の家族であると踏み込んだ書き方をしているところが少ない。はっきりいって、皇太子の結婚はそのスタート時において順風満帆というわけではなかったのだ。

そこのあたり、WW2時代の敵国ドイツ人を伴侶に選んだ母上ベアトリックス女王と似ているような気がしなくも無いなあ。そのドイツ出身のクラウス殿下、大変な努力をしてオランダになじみ、最後は王室でも指折りの人気者になったというけれど、欝に苦しまれたというのも有名な事実。ゆえに、オランダ王室は、適応障害に悩まれる雅子さまを見かね、皇太子ご一家をオランダにお招きくださったのだろう。

さてさて、日本のメディアで、次期オランダ皇太子(ロイヤル・クラウン・プリンセスは日本語では皇太子)アマリア殿下について触れるのはいつになるだろうか。

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