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2013年2月 3日 (日)

すわ日本茶の危機なんて騒ぐ気はないけれど

先週の朝日新聞に、お茶に関する話が載っていた。いわく、今の高校生は急須の使い方を知らない、幼稚園児の母親が日本茶が自分の家で作れると知らない・・・

その天声人語は1月28日のもの。

大ニュースではないが、驚いてしまう記事がある。3年前にこんな記述があった。ある人が幼稚園で講演したとき、若い母親に「お茶って自分の家で作れるんですか」と聞かれた。「はい」と答えると、彼女はこう言ったそうだ。
 ▼「私のお母さんがお茶を作っているところ、見たことがない。いつもペットボトルのお茶を飲んできた」。彼女はどうやら、お茶を「いれる」という言い方も知らないらしい。
 ▼一昨年も似た記事があった。料理教室の先生に、急須を「これは何ですか」と聞く受講生がいたという。だが、そうした例が驚くにあたらないのを、きのう東京で読んだ記事で知った。日教組の教研集会で「今の高校生は日本茶の入れ方を知らない」という報告があったそうだ。
 ▼福岡県立高校の家庭科教諭が生徒にアンケートしたら、冬に家で飲むお茶を「急須でいれる」と答えたのは2割しかなかった。授業では急須を直接火にかけようとする生徒もいたという。
 ▼おそらくは「粗茶ですが」や「茶柱が立つ」といった言葉も知らないのだろう。市販の飲料は手軽でいいが、文化や歴史をまとう「お茶」と無縁に子らが育つのは寂しい。
 ▼「客の心になりて亭主せよ。亭主の心になりて客いたせ」と言ったのは大名茶人の松平不昧(ふまい)だった。庶民もお茶でもてなし、もてなされる。いれてもらったお茶は、粗茶でも心が和むものだ。コンビニエンス(便利)と引き換えに大事なものをこぼして歩いているようで、立ち止まりたい時がある。

大ニュースではないが、と天声人語はいうが・・・これは重大な報告ではないかと思う。例えば、そういえばツバメを見なくなったね、というようなものと同じ感じに。

ペットボトルは便利だ。そのことを否定するつもりはない。自分も大いに利用している。しかし、急須と茶葉とお湯とによる、日本茶の文化を忘れたことはない。物心ついたときには、お茶とはそうして淹れるものだと知っていたから。

ちなみに、私が「淹」という漢字に意識的になったのは、田中芳樹の「銀英伝」を読んでからだったかもしれない。主人公のひとり、ヤン・ウェンリーが紅茶好きで、頻繁に茶の描写があることで、ああ、そうだ、この字だ、と脳天に焼きついたのであった。

それにしても、今は、物心ついたときに、お茶とはペットボトルに入っているもの、それを注ぐもの、と認識してしまう世代がいて、しかも、その世代に属す人たちが、親となっているという・・・衝撃だった。

急須に、適当な量の茶葉をいれて、そこに適切な温度の湯を注いで、ある程度時間をおき茶葉の旨みを抽出してから湯飲みに注ぐ・・・これ即ち「お茶を淹れる」という行為だと自分は認識しているが、そうか、いまどきの高校生の中には、急須に茶葉を入れて火にかける子もいるのか・・・

非常に衝撃的だと思うのは、これは文化の断絶だ、と感じたからだ。

思うに、この急須と茶葉とお湯による「お茶を淹れる」様式は、江戸時代の中期から後期、煎茶の文化が確立し、煎茶が庶民の飲み物として日本人の暮らしに定着し、以後、明治、大正、昭和、平成と、現代にまで続いてきた、日本人の習いだと思うのだ。

例え、髪型が、髷から、ザンギリ頭になろうが、服装が、着物から、洋服になろうが、飲み物を見れば、「地続きの時間」だったと思うのである。「3丁目の夕日」の下町の人々と、時代劇や落語に登場する庶民たちは、本質的に変わっていない・・・器が変わっても、中を満たす液体は一緒、みたいな感じで。

しかし、この文化的に「地続きの時間」が、いよいよ寸断されるときが来たような気がする。このお茶の変化でそう感じる。

考えてみれば、その予兆はあった。

例えば中国茶。バブルの頃には、一大ブームだった。その余波は90年代を通してあったと思う。街中、ちょっとした雑貨屋から百貨店から、どこにいっても茶器があったり、メディアでも、誌上で茶器や茶葉が取り上げられていた。だから、ほんとうに、選ぶのに苦労はなかったものだが、今は、エスニック専門店にでも行かない限り、まずお目にかかれない。ゼロ年代に入ってから自分も以前のように出歩くことがなくなったので、具体的にいつ頃からと指摘はできないが、とにかく、以前は本当に「犬も歩けば棒に当たる」感じで、ありふれていた茶器を探すのに苦労するようになったことは事実だ。そして、一時期、あれほどメディアにあふれていた「中国茶の淹れ方」も潮が引くように遠のいてしまって、「ペットボトルで買うもの」「家で作れるんですか」という感覚は日本茶より上なのではなかろうか。

一方、紅茶に用いるような、茶器であったら、欧州系雑貨店で見つけることは容易なのだが・・・残念ながら、それで中国茶や日本茶を淹れようという人は稀だろうし、実際淹れ難いような気もする。(ほうじ茶なら、紅茶用のティーポットでも淹れられそうだけど)

お茶とは、ある意味、生活で余裕がある一握りのひとたちの趣味のようなもの、になりつつあるのか。そういう人たちは、茶器にでも、茶葉でも、あるいは水でさえも、幾らでもおのれの嗜好にあうものを求めて、金銭も投入する。勿論、知識もおのずと求めていくことだろう。しかし、茶にそれほど思い入れのない人は、そこまではしない。手軽にペットボトルを買って、喉を潤すだけだ。

急須と茶葉とお湯による、煎茶とは、何度もいうが、庶民の暮らしのやり方だった。勿論、煎茶にも煎茶道ともいうべきお手前があるとは知ってはいるが、しかし、堅苦しいことを考えず気楽に庶民が喉を潤すためのものだった。それが、急須を見て「これは何ですか」とか「お茶って自分の家で作れるんですか」とか、・・・いや、もう、余りに余りだ、と天を仰ぎたくなる。

ペットボトルは、日本人の飲み物との接し方をほんとうに根底から変えつつあるのかもしれない。それは紅茶におけるティーバッグと比較してみれば分かるかもしれない。ティーバッグがアメリカで誕生し、世界中に敷衍しても、そもそもの紅茶の文化の基本、リーフとティーポットを駆逐したりしなかった。確かにポットを使わない人もいるけれど、カップに各々ティーバッグを入れるより、ティーポットに淹れて作ったほうが絶対に美味い紅茶となるのは揺るがないし、紅茶好きは体(舌)でわかっている。ティーバッグとは極論すればリーフをまとめたものでしかない。それに比べてペットときたら・・・

とはいえ、なんというか、自分も、出汁をきちんととる(正しくは「ひく」か)ことを自分の目標として掲げているが、お茶に関しても、ちゃんと淹れられるように努めていかなくては、と思った。誰か一人でも続けていけば、それが絶えることはない。そして、そこを起点にして、絶滅に瀕していたモノがまた復活する可能性もある。

そう思うのは、私は、それらの文化になくなってほしくないからだ。そして、そもそもは、日本という、自分の生まれた国を大事に思うからだ。

「美しい国ニッポン」とか、それを守るために、戦前のあれこれを復活させよう(教育勅語だ、いや大日本帝国憲法そのものに戻そうとか)いう話があるが、私としては、きちんと出汁をひくとか、急須を使ってお茶を淹れるとか、そういう草の根的活動のほうが大事に思えるのだね。

あるいは・・・美文字といわないまでも、硯と墨と筆を用いて字をしたためるとか、着物をきちんと着られるとか・・・ああ、あれこれ思い浮かべていたら、至らないことばっかりだorz

【追記】この件でググってみたら、関心のある方はあるようで、あちこちのブログで書かれていた。とにかく「驚いた」というものが多いが、その先の受け取り方は色々。「若い世代は困ったものだ」という人もいれば、「お茶の淹れ方も知らんとはイマドキの女子はなっとらん」と女子の問題としている方も。はたまた「若い世代って?」ということを考える人もいる。年齢が上になるにしたがって(50代↑)驚愕は危機感に繋がるらしく、「このままでは日本文化が」とやんわりと書いている方もいるし、70代らしいとのがたのブログでは「日本は滅びるな」とバッサリ。

年齢ではなく、日本茶に関係している方々(茶舗を営んでらっしゃる方々)では驚きはひとしお、のようで、「もっと、自分たちもしっかりしなくては」という文面が多く見られた。

ツイッターなどでは、その大雑把に若い世代とくくられることの多い40代未満が「急須ぐらい知ってる」と呟いているし。うん、だから、まぁ、やっぱり、この高校生の事例はまだまだレアケースなんだろう。

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