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2013年2月21日 (木)

リチャード3世の遺骨発見で思ったこと

少々前ではあるが、イギリスで発見されたある人骨が、あのリチャード3世の遺骨であると確認され話題になっていたことがあった。

非常に感慨深い。

実を言えば、彼については、深く自分の心に刻まれているのである。

リチャード3世といえば、シェイクスピアの戯曲により、イギリス歴代の王のなかで、最悪最凶悪の人物、冷酷無比にして陰謀家、という評判が強い。

しかし、この定説に対し、まったく異なる見解が示されることがある。

その代表格は、ジョセフィン・テイの「時の娘」(’51)であろう。
ベッド・デティクティブものにして、歴史ミステリの傑作として名高い。怪我により入院を余儀なくされた警部が、見舞い客から見せられたリチャード3世の肖像版画を見て「この顔は犯罪者の顔じゃない」と感じたことからスタートする。長年、犯罪捜査に携わってきた者の勘が、はたしてリチャード3世の復権に繋がるか!?という物語。歴史オタクではないが犯罪捜査のプロが歴史上の人物を洗うというのがほんとうに面白かった。そして、既存の定説を疑ってみるのも面白いと開眼させられた。勿論、一番心惹かれたのは、探偵役の警部の思考に浮かび上がるリチャード像そのものである。

また日本にも、世界に誇るべき作品があって、それが少女マンガ家・森川久美先生の「天(そら)の戴冠」(’76)である。リチャードを悩める青年として描いて、非常に読み応えのある作品である。とても内省的で、痛々しいくらい知的な美青年リチャード。こんなアプローチがリチャード3世に可能だったのかと唸らされる。かつては日本の少女マンガは、外国に想を得た作品(しかも、かなりレベルの高い作品)が結構あったものだが、最近はめっきり少なくなった。

あくまで、シェイクスピアの戯曲に基づきながら、自分なりのリチャードを模索したといえば、映画「アル・パチーノのリチャードを探して」もある。ああ、この人は映画スターであるまえに、一人の役者なんだ、舞台がキャリアのスタートである役者なんだ・・・と私のアル・パチーノ観を改めさせた作品でもある。アル・パチーノとシェイクスピアという取り合わせも興味深かったし。

それにしても

よくぞ500年余の時を超え、王の遺骨は無事だったものだ。

欠損している部分がないわけではないらしいが、全体としてはわずか。奇跡だと絶句するが、いや、これは細心の注意を払いギリギリのなかで埋葬した人たちに感謝するべきであろう。また、彼は遺骸になってなお、それだけの気持ちを注がれる人物だったということだと思う。

掘り出された王の遺骸は、その曲がった背骨がとても痛々しい。この体で、彼は戦場にて馬を駆り剣を振るったのか。王宮にて政治の場にたったのか。

今こそ、王に安らかな眠りを。そう願ってやまない。

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