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2013年3月12日 (火)

贔屓のシリーズが失墜していく曲がり角~コーンウェル「検屍官」シリーズ「警告」から「痕跡」までを読了して(2)

P.コーンウェルの「検屍官」シリーズは、「警告」→「審問」→「黒蝿」→「痕跡」と続くのだが

「審問」を読了した私は、うっかりして、「痕跡」を先に読んでしまった。「黒蝿」の前にそれがくるのだとどういうわけか勘違いしてしまったのだ。

さてさて「痕跡」は、「審問」から5年後の設定だが、なんと驚かされることに、ケイの後任が決まったのは最近だという。そして優秀きわまりない法医学者ケイ・スカーペッタの後釜につくには余りにも無能な小人であった・・・そして、モラルだけでなく効率も低下したバージニア検屍局が描写され、ケイでなくても惨めな気分になる。しかし、なんといっても驚かされるのは、一人称でケイの視点から綴られていた語りが三人称になっていたこと。・・・まぁ、本来その驚きは「黒蝿」で味わうべきポイントなんだろうけど。そして、もっと驚かされたのは「目に優しいスカスカの頁」・・・あれ?「検屍官」ってもっとこう、みっちりと1頁が字で埋め尽くされてなかったっけ、そして漢字率も高かったけど、妙にひらがなが増えたような・・・それに字の大きさもだいぶ大きくなって、しかも行間もかなり開いたような・・・てことは、昔でいくと、本書は半分くらいの厚さなのだろうか?ついでにいうと、事件そのものも昔に比べるとかなりショボくなったような。もひとつ余計にいうと、ルーシー、女の趣味、悪くなってないか???

というわけで、「痕跡」で相当ガッカリしてから「黒蝿」を読んだ。
不思議なことにそれほど「黒蝿」にはガッカリしなかった。「痕跡」に比べればまだましというか・・・しかし、アマゾンのレヴューをみると、皆さん、相当ガッカリしたようで。

全体的に平板で凡作というイメージしかない「痕跡」に比べて、まだ「黒蝿」は、プロフェッショナルな作業を微細に描こうとしていると感じられたからかもしれない。ルーシーたちがロッコを殺したときのくだりは、ううむ・・・はっきり言おう「ルーシー、ラスト・プリシンクトってのは、そういう団体なのか?」と冷たく非難をこめて問い質したくなるほどにショックだった。だが、例えばおのれの死を前にしてロッコが排便と尿意のコントロールを失ったとか、ことを果たした後、ルーシーがストレスからただならぬ体臭を発していた、などというのは、実に読み応えがあったと素直に認める。ルーシーがそこまで乱れるほどに、それは苦しい作業であったというわけだし。しかし、ジェイ・タリーの末路についてはロッコと同じだけの筆量を期待していただけに完全に失望したし(それとも死んでいないとか?)、本来のメインディッシュである、バトン・ルージュでのケイたちの捜査が、あんなにもボリューム薄だったことなど、大いに不満がある。

それになんというか・・・一人称の頃は、非常に好感を抱いていたケイ・スカーペッタが、三人称で、他者の目を通して描かれるようになって、やたら賛美されたり、女としての彼女への言及が増えて、かなり興ざめである。前エントリで書いたとおり、優秀だろうに、自分に自信がもてないというか、もっともっと完璧でなくては・・・と強迫観念にとりつかれているような、そして実践と努力がともなうケイが好きだっただけに。彼女を手放しで称賛するのはできればマリーノだけであってほしかった(ケイの前では素直になれず暴言を吐くくせに、いないとこでは称賛したり、心配したり、それは実にカワイイではないか)。しかも、ケイその人が、年齢が40代に若返りを施されている・・・そんな~!オバさんでも老けてても、タフなケイが好きだったのにぃ!

そして、ベントン・ウェズリー・・・結局、この人も、周囲を操って、凶事をなさしめてるということではないか。シャンドン・カルテルをつぶす。それは確かに大事なことなのかもしれないけど、しかし、そのために《狼男》を騙ってルーシーを動かしロッコを殺させる。彼は子供の頃からのルーシーを知っているだろうに。

それは、怜悧な犯罪捜査官ベントン・ウェズリーの美点と捉えていいのだろうか。あるいは、CIAとみまごうラスト・プリシンクトの所業も、犯罪撲滅のためには許されていいのだろうか。ルーシーはベントンに踊らされたことに腹を立てたりしないのだろうか。マリーノは実の息子を殺されたことをあんなにあっさりと受け入れていいのだろうか。

実を言えば、ルーシーに関して言えば、本当に心配である。FBIなりなんなり、組織という枠にはまり、そこで人間関係なり、倫理なりと葛藤しながら、悪と対峙していってほしかった。才能があって、金まであって、そして世間の倫理というタガをもたない組織の長となった今、彼女が道を踏み外したとき、どうなるのか。ほんとうに大丈夫だろうかルーシーは。いずれ、彼女自身が強大な悪となる日は来たりしないだろうか。ケイは、ベントンは、マリーノは、自分たちが手塩にかけた《愛娘》と死闘を繰り広げるようになったりしないだろうか。そんな不安がある。ケイにとって辛い状況をこれでもかこれでもかと考え出してきたコーンウェルなので、やりかねないと思われるのである。

三人称の文体に戻るが、へんな話だが、デボラ・クロンビーの「警視」シリーズのことをつい思い出してしまった。デボラ・クロンビーは一貫して三人称で描く。一人称で綴られるところもあるけど、それは物語の核として必然があって行われてることだと納得できる。そして、この警視キンケイドのシリーズは回を重ねるごとに登場人物が増えていく。増えていって、その人物の立場で語り起こされることが増えている。今回、はっきりと小説家としてクロンビーのほうが筆力は上ではないかと思わされた。少なくとも、三人称になってからのやたらと場面展開が速いだけのコーンウェルとは違って、それぞれの章にボリュームがある。そして、何よりこれが一番大きな違いだが、警視キンケイドの世界の住人は基本暖かい。いろいろ大変なこともあるけれど、読み終えたあとのほっこりした感覚はなにものにも代えがたい。ハートウォームなのだ。まぁ、それが物足りないという人もいるけど、妙にギスギスしてツライだけになってる今のスカーペッタの世界とは本当に異なってるとだけ申し上げたい。

ほか、こまごまとしたことを。

「警告」ではルーシーがケイの傍にいなかった。これはケイがジェイ・タリーと深みにはまっていくに際して実にうまい配置であるなと思ったものだ。当時同じ組織にいて、ルーシーならジェイについて予備知識もあるだろうから・・・しかし、どうもルーシーがジェイのことをどう思っていたか「審問」を読んでもいまいちピンとこなかった。疑わしい人物だと思っていたのか、くだらない人物と思っていたのか、それとも能力だけはかっていたのか、それと同性愛者であるルーシーからしたら、ケイがうっかりジェイと関係を持ってしまったことに、もっと批判的であってもよかったのじゃないだろうか。

ジェイと関係をもってしまったことを、ケイがあまり深く気に留めてないようなのも気になる。犯罪者と肌を重ねたなどと、おぞましく、非常にショッキングなことだと思う。そして、あれだけクヨクヨとして内面を語るケイ・スカーペッタなのである。もっと自己嫌悪に満ちた述解があってもいいと思うのだが・・・テレビドラマ「フリンジ」で、ヒロインのオリヴィアは自分の愛した男が実はとんでもない犯罪に加担していたと知って愕然とし、ほぼ第1シーズンを通して引きずっていたものだが・・・

「審問」では、ルーシーがラスト・プリシンクトを組織するにあたって、ティウン・マガヴァンも一役買っているような雰囲気だった。きっと彼女も今後また登場するんだろうな・・・と「痕跡」や「黒蝿」を読んだが、彼女の姿はなし。ルーディ・ムージルも嫌いじゃないんだけど、彼女はどこいっちゃったの?そういやルーディも「神の手」の登場人物リストに載っていなかったような・・・なんだかルーシーの周りって、人が安定していないような。まぁ、ルーシーって「普通の人が付き合ってくには苦労する」感じになってきちゃってるわなw しかし大丈夫かラスト・プリシンクト?

「警告」の解説で児玉清さんが、「かつてコーンウェルがシリーズは10作で終わり」といっていた記憶がある、という話を紹介しているが、恐らく、それは本当だったのではないだろうか。そして、それは「大人の事情」で撤回されたのだろう。しかし、そのために、まさかヒロインの年齢を引き下げることすらやってのけるとは思わなかった。この幻滅はその当然の帰結なのだろう。私の心酔した「検屍官」シリーズはもうない。美人で優等生である前に、クヨクヨと懊悩しつつ奮闘する、人間味あふれたヒロイン・ケイももうどこにもいない。

恐らく、今後、ケイが台所に立つことはないんだろう。

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