2016年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 《玉》がうしなわれる時 | トップページ | サッチャーが死んだ »

2013年4月 6日 (土)

映画「プロフェシー」を見た

いやぁ・・・不思議な映画でしたねえ・・・

深夜テレビをつけると、たまたま映画をやっていた。

つらつらと眺めていると、お、これは、ギア様主演のモスマンに関した奴じゃないか?・・・昔、熱心に全米映画トップ10をヲチャしてたときがあって、そのとき、こんな妙な作品が上位にくるのか!と驚かされた覚えがある。

当時は、あらすじなど眺めながら「どんなにチープなんだろうか・・・」と思ったものだが、実際に目にしてみると(そう、実物を見るのは今夜が初めて、日本公開されたときも劇場に足は運ばなかった)、訳が分らないながらも、そこそこゾッとさせられるというか・・・妙なところで迫力があったりする。

例えば、クライマックスの橋のシーン。全体に実に不気味で、ちょっとずつ、ちょっとずつ、あ、この場でとんでもないことが起こるのね! 真冬の夜、それもクリスマスの夜に惨劇が!冷たい川の上で、この橋が、この橋が、この橋がぁぁぁぁぁ! 美しすぎる女性巡査部長の夢ってそういうことだったのねぇぇぇぇ!というようなことが、と見ているコチラは飲み込まされていくわけだ。そのじっくりとした描写が、もう、作り物だって分っているにも関わらず、ジワジワと怖い。あの橋の、ボルトが、ナットが、ワイヤーが、チュインチュインと外れていくさまったら・・・ううぶるぶる

とはいうものの、全体に、よく分らないというのは、いかんともしがたく・・・でも、謎とか不思議とか、超常現象とか、いわゆる「ムー」的なことというのは、結局のところ、よくわからないというのは通り相場であって・・・その意味では、この映画は、そういう「ムー」的なものを正直に伝えているのじゃないかという気がする。そして、超常現象に直面したこと当人にしか分らないはずの慄然とする感覚が、観客にそこそこ伝わっているようなので、それはそれでたいしたことなのではなかろうか。まぁ、見ている人全員に伝わってはいないみたいだけど(^^;。

結局、モスマンてのはなんなのかねえ・・・。やはり、ネイティヴ・インディアン時代にまで遡る、その地域にやどる、何がしかの地霊とかなのかしら。

しかし、ネイティヴ・インディアンの知識や経験は失われ、現代アメリカには全く伝わっておらず、それら地霊との対話の方法など解明されようもなく・・・

《何か》が、こちら人間側に、伝えたがっているにしても、そこには絶対的なディスコミニュケーションがある。そのもどかしさみたいなものの、見ていて、感じさせられたことだった。

そういえば、劇中、ギア様が扮するのはワシントン・ポストの記者。ジャーナリストは、伝える者であるなあ・・・

彼は《モスマン》からのメッセージを受け取り、彼なりにそれを解釈し、意味を汲み取り、そして、それを周囲の人間たちに伝えた。それが功を奏したか、あの惨劇でも死者が40人以下で済んだ。そんな風にも思えてくるのである。

でもま、それは些細なこと。

この映画は、超常現象という厄介なシロモノの、厄介さ、訳の分らなさといったものを、よく伝えていると思う。本当に。

« 《玉》がうしなわれる時 | トップページ | サッチャーが死んだ »