2016年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 第2回「全国なまりうたトーナメント」を見る | トップページ | 映画「プロフェシー」を見た »

2013年4月 2日 (火)

《玉》がうしなわれる時

3つのうち2つは失われたという話もあり、残っているもう一つも・・・。

三種の神器といえば、

  • 八咫鏡(やたのかがみ)
  • 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
  • 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

の3つであり、わが国皇室に伝わる宝物であるが、

これら3つは、現在のところ、鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、そして玉は宮中に、それぞれご神体として奉られているといわれている。

しかし、このうちの2つについては、非常に甚大な事態に遭って、失われたと考えても差し支えないのではなかろうか。

有名なのはである。あの平安末期の源平合戦において、敗れた平家が壇ノ浦に三種の神器もろともに入水した際、鏡と玉はなんとか回収されたものの、剣はともに沈んでしまったといわれている(1185年)。

では現在、熱田にあるという剣はなんなのか・・・ウィキペディアによれば、壇ノ浦で沈んだのは形代だという書き方をしている。そうだとすると、その後、後鳥羽天皇が捜索させたり、自身が剣つくりにはまったことはどのように考えたらいいのだろうか。まぁ、いずれにしても、熱田に、古代つくりの剣が収められ、祭られていることは事実である。

もう一つはである。源平合戦より以前、実は平安時代に数回にわたって宮中で火事があり、そのために鏡が大変なことになってしまっていたらしい。

ウィキペディアによれば、宮中の火事は、960年、980年、1005年と起って、内侍所に収められていた鏡は、このうち980年の火事で「鏡の形をとどめないもの」となり、1005年で「ほとんど灰」になってしまっていたという。改鋳の議論は直後から起っていたそうだが、反対も多く結局なされることないまま、灰を収め守り、上述の壇ノ浦でいったん沈み海より引き上げられたのは、この灰だったという・・・ただし、例によってウィキペディアによれば、この宮中にあった鏡は形代だそうで、あくまで本身は伊勢神宮にあるものだそうだ。

面白いことをいっている方がいて、たまたま、古代史関連で検索をしていたときにいきあった頁なのだが、

いわく、鏡とは「正しい心」でありモラルであろう。神鏡が失われてから、平安末期には大変インモラルな天皇が続いた。剣は軍事力であろう。神剣が失われてから、天皇家は兵権を失い、武家に完敗した。

では、唯一残った玉とはなんなのか。こちらの頁では血統や、天皇家と国民の間の契約と技術を意味するのではないか。そうお考えなのである。

なるほど・・・なのである。

さぁ、無傷で残された唯一の神宝《玉》の行方に注目しよう。

今後《玉》に何事かあったら、なにか損壊などの事件があったなら、そのときこそ、皇室への我ら国民の尊崇が霧散し、いよいよ皇室の危機となるかもしれない。

それは、わが国おける、天皇と人心のつながりが、切れるときかもしれない。

そんなことは、あってほしくない。

ちなみに神話によれば、玉は、天照大神の岩戸隠れの際に、玉祖命(たまのおやのみこと)が作ったとされている。そして鏡も同じくこの時に作られた。それに対し、剣は、神話的時系列ではやや後になってから。この岩戸隠れの騒動の責任から高天原を追放になった須佐之男命が放浪のなか出雲でヤマタノオロチ退治をして、その尾から出てきたもの。後に弟のスサノオから姉のアマテラスに献上された。人界にわたってきたのは天孫降臨のためである。

やはりアマテラスは卑弥呼なのだろうか。玉はさておき、鏡は、結局、卑弥呼が中国から賜ったという鏡のことなのだろうか。そして、剣は、出雲を服属させたことのメタファーなのだろうか。

それにしても、《玉》の暗示するところはなんだろうか。

日本の場合、真ん丸い球ではなく、勾玉であるわけで・・・あの独特なフォルム。なんとはなしに胎児を思わせるカタチ・・・となると、やはり生命・・・とどのつまりは血統であろうかなあ。

噂のとおり、受精卵を操作して作られたというのなら、秋篠さんとの若宮には《玉》の恩恵はないような気がする。あくまで自然にまかせて生まれた皇統の子女以外には恩恵はないような気がするのだなあ・・・。

« 第2回「全国なまりうたトーナメント」を見る | トップページ | 映画「プロフェシー」を見た »