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2013年4月20日 (土)

淡路島の神、三宅島の神

ちょっと気になったのだ。

最近、地震があったところといえば、淡路島。

「未知の活断層によるものか?」などという文字が躍っていたが、1995年阪神淡路大震災の余震かもしれぬという。なんといっても、地面の下のこと、なかなか人智のうかがい知れぬところである。

ところで、日本でこういうことが起こると、ろくでもないコトをいう輩がいる。

皇太子ご夫妻が縁起が悪いからだ、神々がお怒りなのだ、などと抜かすのだ。

淡路島の地震など、廃嫡しないからだの、オランダに返事をしないからだの、オランダに行こうとしているからだの、

先日の三宅島の地震など、もろにオランダがらみで神仏の怒りだのいってるやつらがいる。

しかし、私は別のことを思ったりする。

こうは考えられないだろうか。

日本人がたわけた風説にとらわれ、正統なるが上にも正統なる日嗣の皇子に失礼千万なこといってるから、神仏がお怒りなのではないかと。

とりわけ、そう思ったのは、あの淡路島の地震だ。

淡路島にはイザナギノミコト幽宮、すなわち伊弉諾神宮がある。

イザナミノミコトとともに国生みを行い、群神を生じしめて、その後、天照大神ら三貴神を産んだ男神。

皇祖神の親神ですよ? その神が、日嗣の皇子を貶める、さばえなす悪鬼のごとき庶民の声に怒り、身じろぎされたんじゃあるまいか・・・そんな風に思えたのだ。

いやあ、勿論、キ●●イの妄想と切って捨ててもらって構わない話だ(^^)。

三宅島の地震は、ご夫妻の訪蘭見通しの話が出た後に起きた。

ふと気になったのは、三宅島には延喜式にも記載のある神社が多いという話を思い出したから。

余りに夥しいと、どの神社のどのご祭神が要か、判別が難しいかと思ったが、

やはりここは三島大明神を祭る富賀神社であろうか。

名前は知っていたが、三島大明神、事代主命(コトシロヌシノミコト)のことだったとは、今回、三島の神々を調べてみて初めて知った。

富賀神社の社伝によると、

事代主命は、父大国主と共に出雲国島根半島から紀伊半島に渡り、更に三宅島に渡ってこの神社附近に居住し、島々に漁業や農業を伝えて島の基盤を築いたといわれている。伊豆七島の総鎮守でもあり、静岡県三島神社発祥の地としても名高い。また、一説には、事代主命の墓所でもあるといわれている。・・・」

ほう・・・これはなかなかのご由緒。

個人的に、出雲、紀伊、そして静岡となると、なんか、あるご一家を連想させすぎてスゲーって思っちゃうんだけど、

これだけでは終わらなかった。

こちらのブログ様によると、三島大明神は、大山祇命(オオヤマツミノミコト)とも関連があるらしい。というか、大山祇命を信仰する渡来人が三宅島を開拓しつつ、西日本から伊豆、静岡まで移動していった歴史を反映していると考えられるというのだ。

なんというか、大山祇命に関しては、日本古来の神と思っていた自分には大変にショックな話である。

いや、だって、一応、神話上は、イザナギ・イザナミの国生みで生まれたことになってるし~。
それに、ほら、大山祇命といえば、木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)の父神ですから~。
木花咲耶姫といえば、桜にして富士山、日本を象徴するアイコンを神格化した女神じゃありませんか~~。

しかし、伊予風土記には「大山祇命は和多志(わたし・渡神)の神で、百済からやってきて、摂津の御島に来た神」だとある。

ああ、もう、日本の列島はアジアの東の吹き溜まりで、この列島オリジナルのものなんてないのかね~、と思いつつ、

はたと考える。

神話上、大山祇命の子供とされる神は多いが、とりわけ有名な二人の娘がいる。

先ほどいった木花咲耶姫と、その姉の磐長姫だ。

ニニギノミコトが、日向の国で見初めたのは美女サクヤに求婚すると、父親のオオヤマツミは喜んで、姉のイワナガヒメとともに差し出す。ところが、姉のほうが醜女だったのでニニギは返してしまった。実を言えば姉のほうは岩のごとき不変さ、永遠の命をあらわし、妹のほうは咲きにおう花のごとき繁栄をあらわしていた。結果、天皇家は、神々のような長寿を手に入れそこなったのです・・・とかいう神話。

ここで気になるのは、オオヤマツミが、まるで天皇に娘を納れた、あたかも外戚のような機能を有しているということ。

まぁ、オオヤマツミもイザナギの子なわけだし、ましてや神であるわけだから、外戚というのは抵抗があるけれど、

単身にて皇祖神を生じたイザナギと、

神武天皇の父に妃を納れたオオヤマツミと、

淡路と三宅とで、仮に神がお怒りになったとして、その神意は、それぞれベクトルが異なっているようにも思うのである。

[追記]
伊弉諾神宮は淡路島多賀にある。
多賀[たが]と、三宅島の富賀[とが]に関連性があるかどうかはわからないが、
地名の[たが]と[とが]には共通する意味があったような・・・(´~`;

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