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2013年6月 6日 (木)

谷繁の2000本安打で始る98年横浜ベイスターズ回顧の旅

去る5月6日、谷繁捕手が、ついに2000本安打を達成した。

まことに喜ばしい限りである。

いつかやるだろうとは思っていた。こういってはなんだが、現役が長いから。しかし、驚いた。実際、達成が、史上最遅だというじゃないか。

いやはや、奴さん、もう四半世紀、プロ野球選手であり続けているのか・・・

ほんとに驚いた。

谷繁選手といえば、現在、中日ドラゴンズの選手であるが、私にとって、この事実は少々辛い。

私にとって、彼は、いまもなお、先ず第一に、大洋ホエールズ、いや、横浜ベイスターズ、それも栄光の98年優勝の戦士の一人、だからだ。

「てめぇ、移籍して何年たってると思ってやがる?」と仰る?

いやいや、馬鹿な呟きなのは百も承知。それでも私は思ってしまう。

この栄光を、出来れば、古巣の横浜で迎えて欲しかった。

いや、横浜にいたのでは、この長い現役生活や、この栄光はありえなかったであろうか?

中日という、セリーグのなかでも、なかなかに堅実なチームであるからこそ、この日を迎えられたのであろうか?

それを考えると、ただ、黙り込むしかない。

98年の束の間の栄光(うん、今となってはあれは、ほんとうに束の間といってよかろう)

あれは、ほんとうに、印象深い。

横浜育ちの自分だが、あのときの盛り上がりは、見ていて、ほんとうに凄かった。

まぁ、タイガースを擁する大阪、ホークスを擁する福岡の、それぞれの、長く、けして廃れないファンの支持応援ぶりからしたら、「地元の球団がたまたま勝ってるから、しかも優勝して、さらに日本一になっちゃったからだけの、にわかファンでしょ!」と切って捨てられても、まったく言い返せない、一時的なものだったのかもしれない。

だが、それにしても・・・

長らくジャイアンツが圧倒的な支持を得ていた時代が過ぎ、やがて、80年代の常勝西武ライオンズ時代、90年代全般の野村ヤクルトスワローズ時代があった。

横浜ベイスターズの優勝は、そのヤクルト時代とライオンズ時代のあとに、ふっと差し挟まれた仇花のようにも見える。

常勝を謳われ、長らく黄金期を誇った強大なモノが、巨木が倒れるように勢いを失い、切り替わる頃、なんだか、唐突に、降ってわいたかのように実現した、万年Bクラス球団の優勝は、なにか、とにかく、痛快で爽快だったのだ。

これは、あくまで個人的な意見だが、横浜住民は、どこかへそ曲がりで、物事を斜めから見るような、素直でない性分のような気がする。底意地が悪いとかそういうわけではないが、そういう、些か気難しい住人たちにとって、その痛快さが受けていたのではないかという気がする。

ただ単に強いということなら、本格派・正統派の強い球団像は、あのV9時代の巨人にあるだろう。だが、当時のベイスターズの強さは、そういうものではなかった気がする。

ヤクルトや西武の野球にしても、最盛期の強さは、巨人に通じる、きっちりした野球だったような気がする。だが、ベイスターズは、なんというか、こう、そんなきっちりした野球だったわけじゃなかった気がする(いや、でも、当時の内野・サード進藤、ショート石井、二塁ローズ、ファースト駒田の守備は、通を唸らす鉄壁だったとのことだが)

うん、ま、あくまで、自分のイメージだけど。

じゃあ、なんで強かったんだ、と問われれば

とにかく強かったんだから、しゃああんめぇ、と、しれっと言ってのけることにしている。<おいおい(^^;

* * *

先月は、何かと、野球と縁があった。

交流戦を2試合も観戦してしまったのだ。

5/19(日)のvs中日戦。

5/22(水)のvs横浜戦。

実を言えば、球場での野球観戦は、10年ほど前に、やはりホークスの試合を見ている。

ヤフオクドームと変わってからくるのは初めてである。

結果からいうと、どちらもホークスが勝った(おかげで、花火を堪能できた)。

しかし、なんだかピリっとしない印象をもった。

19日の中日戦では、ホークスの内川が(あ!そういや、こいつも以前はベイにいたんだった!)5打席5安打という大活躍で、魅せてくれたが、2003年時の優勝とは打って変わって、現在のホークス打線は湿っている。

なんというのかなあ、あたりはいいんだけど、ポーンと飛んで、外野手のミットにそのまま納まってしまう、そんな打球ばかり。

違うんだよな。内野手と外野手のちょうどいないところ、あの広い内野と外野の中間エリアに打ち返す。しかも、当たりは、低く鋭く、超特急で走る弾丸のような奴、そういうのが見たかったのだ。

そういうのって前にみたことなかったっけ・・・と、思いをめぐらせて、はたと、気がついた。

ああ、そうだマシンガン打線が、まさしくそんなんだったんじゃないか!@@;

いや、でも、こういうのって、記憶が美化されてしまってるもんだしなあ・・・これは実際に見て確認してみないとなあ・・・でも、今更、動画とか見られないよなあ・・・

とあれこれ思案しながら、とりあえずググってみた。当時の試合について、観戦日記のようなものでも見つけられないかと思って・・・と、

げ!@@; 
YouTubeに、あの頃のベイスターズの試合動画がUPされてるじゃないかあ!

それを見つけて以来、もう、連日、ベイスターズの試合観戦ですよ・・・(^^;

今更、2013年の今頃、98年の試合を見てるなんて・・・もうアホかとw

しかし、お陰で確認できた。
明らかにマシンガン打線は、私の好ましいものだったのだ。
これだよコレ。これが痛快で痛快で。ツボにはまったわけなのよw

これらの動画がUPされているのは、大体2011年ごろ。DeNAに身売りが決まって、新生・横浜DeNAベイスターズとなり、かつての爽快な強さが復活することを祈念したたファンの方のなさったことだろうか。それともDeNA側の宣伝だったか。いや、どうあれ、ほんとうに、ありがたい。お陰で、往時をしのぶことが出来る。

* * *

栄光の98年を経て、しかし99年、00年と、横浜ベイスターズは3位に終わった。

この2000年のオフにいろいろあったらしい。

2001年から新しく監督に、森祇晶氏を迎える。あの80年代黄金期の西武を率いていた森監督である。

当初、自分などは、あの監督が、あのベイをどう鍛えてくれるんだろう、とワクワクしていたものだが、・・・ダメだったらしい。98年ごろあったいいものを、鍛えて更に向上する企ては失敗に終わり、もともと自分たちに備わっていたイイモノを見失ってしまった、ということらしい。

その後、2002年以降のベイスターズの転落、停滞ぶりは、目を覆うばかり。栄枯盛衰は世の常としても、栄と盛の期間がよそに比べて圧倒的に短いだけに、悲しい。神様のいじわる、といってみたところで始らないが・・・

でも、ゼロ年代に入って、プロ野球そのものもガタついていたような記憶がある。プロ野球再編成問題だの、史上初のストライキだの・・・大衆の娯楽としての地位も、着実に規模を拡大するJリーグに脅かされ、日本代表がW杯に実際に出る頃には、サッカーに水をあけられてしまったような気がする・・・まぁ、あちらは、盛り上がってくると、スポーツの形をかりた国家や民族の抗争の態をなすから迫力が違う。それに対して野球は『コップの中の嵐』観が強すぎる。

そもそも、ゼロ年代に入ってから、かつてのような常勝軍団、という球団がなくなったような気もする。Aクラスは固定化して顔ぶれは決まっているが、リーグ優勝チームは毎年のように代わり、しかもCSという優勝後の「日本シリーズ出場決定を賭けた予選」みたいなものが出来て、さらに混戦した・・・いや、CSシリーズはいい企画だと思ってるけど、

そういう意味で、98年のベイの優勝は、なんとなく、時代の変わり目に起きた出来事、という気がして仕方がない。

野球やスポーツだけではない、ほんとうに日本の世相も、90年代と、ゼロ年代では、大きく異なっている。

89年に、長かった昭和が終わり、平成を迎えたわけだけど、同じ平成でも、90年代と、ゼロ年代では、空気が違う、カラーが違う、そう思える。

考えてみれば、後の、ゼロ年代的カラーに通じる出来事は、90年代にもいろいろと起きている。阪神淡路大震災だの、一連のオウム事件だの、あるいは酒鬼薔薇事件だの・・・90年代にも衝撃的なできごとは、ほんとうにある。長くアニメで話題作で在り続けている、あの児童虐待・人類滅亡アニメの「エヴァ」が最初に世間にお披露目されたのも95年だ。エヴァ映画も90年代後半に発表されている・・・しかし、これらの出来事が、私にはどうも98年ベイ優勝と、どうも合致しない。

イメージ的に、ベイ優勝は、明るいのである。

いや、勿論、暗い優勝なんて、あるわけないけどw

でも、本当に98年ベイスターズの優勝は他を圧倒する出来事で、強烈な太陽がそこにあって、あらゆる闇がかき消されたような印象がある。

昭和の時代から、辛うじて世に残されていた明るさと通じるような気がする。

ゼロ年代の日本は、むしろ日常がエヴァ化してしまった・・・

その年の優勝で、他の世相のことなど全て忘れられるぐらいのインパクトや明るさをもったチームが、いまプロ野球にはないような気がする。

考えてみれば、皇太子妃殿下雅子さまの境遇も、90年代と、ゼロ年代とでは、まったく違う。90年代のあの頃、ご成婚から通して大衆は美しき妃殿下を賛美していた。ゼロ年代に入って、適応障害を発症されたあとの、そして現在の大衆の無理解と一部のバッシングは90年代には考えられなかったことである。

そうだなあ・・・あの敬宮さまお誕生のおりの、大衆のお祝いムード、あれは、なにかベイスターズ優勝のときの、爽快さ、明るさに通じるものを感じたりする。

* * *

ううむ、なんだか、最後はわけのわからんところまで、考えてしまったが、まぁ、そんなこんなで一ヶ月、98年横浜ベイスターズを回顧する旅に出ていた次第である。

谷繁の2000本安打から、一週間もたたぬうちの、5/10、7点ビハインドをひっくり返した試合にはビックリさせられたっけ・・・まるで、98年のベイスターズが戻ってきたかのような錯覚を与えてくれた。しかし、選手よりもはしゃぎまくる中畑監督の姿に、ああ、今は2013年なのだと、現実に引き戻される。98年の権藤監督の表情のかわらなさったら、なかったよねえ・・・あれもたまらなかったんだよね(≧▽≦)

それにしても、去年の石井の引退では特にどうということはなかった私ってやっぱり・・・以下自主規制w

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