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2013年6月22日 (土)

「カンヌ余波の雑感」を読んで

非常に考えさせられる一文だった。

フォローさせていただいている、映画関係者のツイッターで「この記事推奨!」と紹介されていた、この文章。

【MOVIEブログ】カンヌ余波の雑感~シネマカフェ

今年のカンヌは、コンペの中に、日本の作品が2本もエントリしていたり(洒落かい!)、しかも、そのうちの一本が大変評判がよく、(パルムドール)ではないにしても受賞したりして、カンヌへの関心が年々低くなっていると思われる日本メディアや日本の世間でも注目を集めたわけであるが、

それにしても、このカンヌ映画祭というモノに対する、日本(メディアや世間)の考え方が、なんだか、いつまでたっても成長しないのが、なんだかなあ、と思っていたところに、ツボがぴたりはまったような文章であった。

「サッカーファンが、自国のチームのW杯出場を喜びながら、世界の強豪国について詳しく知っていて、サッカーのおける世界標準に自覚的であるのに」という指摘は、ほんとうに尤もだと思う。

ブログ記事では、某新聞が「世界における日本映画」と題した総括記事を3日連続で連載したと触れているが、しかし、そのなかで、進出先であるカンヌ映画祭のレベルがまったく言及されていないと指摘している。

これは、サッカーに例えれば、決勝進出した、強豪国の各チームについて全く触れていないのと同じことである。

スポーツ情報番組で、W杯中、そんなことやったら、熱心なサッカーファンはなんというだろうか。暴動がおこりゃしないか。

だが、そういうトンデモないことを、まさに映画では行っているのである。

こと映画に関する限り、どうも、ここ10数年の日本はおかしい。
洋画に対する関心が薄れているとしか思えない。
「洋画なんてつまらない、邦画で充分」という人がかなり増えているのだろうか。

かつて、自分が意識的に映画を見始めた80年代は違った。もっと、洋画に対する関心は高かった気がする。メディアも、観客も。雑誌媒体を中心にカンヌ情報ももう少し手堅かった気がする。そして、カンヌ作品ももっと「カンヌ出品作」というのを冠にして宣伝されていたような気がする。ところが、いまは、「確かこれ去年のコンペ作だったよな・・・」と思うのに、調べてみたいと、それが判らないぐらいに、宣伝においてカンヌのカの字もない。

カンヌに対するありがたみが消えた?と思わされる日本の現状である。

だが、やはり、カンヌは、映画における世界標準、サッカーに例えれば、W杯クラスの大会なのである。

いま日本でもっとも映画をみるのは10代であるそうだ。しかし、一方でもっとも洋画をみないのも10代なのだそうだ。

こんな状態で、(見るのは、日本のテレビドラマの劇場版!みたいなもののなかで)、カンヌに認められる映画をとるフィルムメーカーは育つだろうか。

考えてみたら、是枝さんなんかも若い若いと思っていたけど、もう50に手が届こうという年である。その後、若い才能がカンヌに見出されたことがない。

洋画をみない、海外の作品に関心がない、これが、最近の、日本の若い衆を中心とした夜郎自大傾向っていうか右傾化と関連はないんだろうか。

海外のことをしらないから、自分の国を相対化して考えられない。そんな気がする。

下手な星読みの感覚からしたら、今の日本には、射手座的成分が足りないような気がする。

射手座のシンボリズムのなかに、遠い外国、旅、というものがあるのだ。

ついでにいうと、明治天皇が射手座うまれのお人で、おそらく日本が開国して、明治維新で、西洋文化を吸収していったのは、これが契機になっているのではなかろうか、と思う。

ちなみに、敬宮さまは射手座の生まれである。

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