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2013年8月13日 (火)

「4522敗の記憶」より、木塚敦志のエピソードに見る、プロ初登板の物語

「4522敗の記憶」には、ほんと、どこを読んでもハッとさせられるエピソードばかりなのだが、現在コーチを務める、かつての名投手・木塚敦志の初登板の話は、かつてのベイスターズ黄金期のメンバーの凄さと、当時の熱い雰囲気を伝えてくれる。

98年の栄光の年以後はいってきたベイ戦士として、スーパールーキーだった金城の次に紹介される木塚敦志。

彼のエピソードは本書45頁半ばから始まるが、彼の初登板の思い出が、46頁終わり辺りから語られ始める。この46頁から47頁にかけて語られる、当時のメンバー、権藤監督、キャッヤー谷繁、そして守備の魔神・進藤が木塚にかけた言葉の数々・・・とりわけ、進藤の、有言実行ぶりには、10数年の時を超えて、痺れる・・・っ!

いや、ほんと、本書を読むと、あの、油断のならぬ目をしたサードが、実は本当にチームの要であったのだなということが実感される。

詳しいことは「4522敗の記憶」を手に取ってお読みいただくとして、

先日、8・6の巨人戦。育成から一軍登録されて、ファンらの祝福を受けたと思ったら、いきなり不調の三浦の後を受けてマウンドにあがった、冨田投手。結果は、残念なもので、チームにとっても、おそらく当人にとっても不本意なものだったろう。結局、一軍にあげられたのも束の間、それから程なく一軍抹消となってしまったのだから。

木塚のエピソードを読み返し思う。果たして冨田投手の、この初登板時に、彼には、木塚が進藤からかけられたような、力強い言葉はあったのだろうかと。

時折、好調だといわれたり、打線が打ち出すと、やれマシンガン打線復活!と騒がれるベイスターズであるが、本当に肝心なものは蘇ったのだろうかと疑問に思うことがある。

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