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2016年5月19日 (木)

久々にスペイダーさん主演作の「ザ・ウォッチャー」を観た

とにかく私はジェームズ・スペイダーファンで、現在、極私的にジェームズ・スペイダー祭りを開催中なのであるが、

今回、そのきっかけになったのが、たまたまCSで「ザ・ウォッチャー」を見たからなのであった。

日本公開は2001年の2月。具体的な日付は忘れたが、寒かったことは覚えている。
スペイダーの主演作、あるいは傑作・快作は殆ど単館系であるが、これは珍しいことに大規模ロードショーで、公開当時自分などは「大画面でジェームズさんを見られる!」と喜び勇んで劇場に足を運んだのだが・・・・・・期待が大きすぎて、憤慨させられ、帰路はカッカしていたことを今も思い出す。

あれから十余年・・・深夜に何も見るものがないし、懐かしいという気持ちも手伝って、久しぶりに見てみると・・・・・・あれっ?なんだか、そんなに腹が立たない。

やはり、「これは駄作だったから」という諦念があると、どんな駄作でもそれなりに楽しめるものなのだろうか。勿論、初見で激怒させられたところは、勿論、今回見ても全く評価できなかったけれど、被害者になる女性たちが案外とそれなりに達者で存在感のある女優さんたちだったなあ、とか思いつつ、勿論、スペイダーさんを堪能した!

ああ、やっぱり、スペイダーさんはいい!

心に傷を負い、いまだそのダメージから立ち直っていないのに、奮戦する男を熱演!

こんなにも駄作なのに、スペイダーさんの演技だけで、やはりDVDが欲しくなってくるから不思議!

それを台無しにしてしまうのはひとえにキアヌ・リーブスである。

彼の演技がスペイダーさんの演技とで余りに段違い平行棒・・・

とにかく、キアヌの演技以上に、キアヌ扮する殺人鬼が首尾一貫していない。これは本作を見た全ての人が口にすることである。

・・・と、今回の鑑賞後にネットを回っていて、こちらのページを見つけた。

ポンコツ映画愛護協会「ザ・ウォッチャー」

そうか、そういう事情もあったのか、と・・・・・・。

できることなら、スペイダーさんのところに最初届いて、彼が出演を了解したときの脚本を知りたいもんだと思ってしまいましたよ・・・

きっと、劇場公開されたものとは、ストーリー展開、違ってたんじゃないか、そんな風に思えて・・・・・・。

ほんと、昔の誼ゆえのささやかなカメオ出演、てほうが、粋だったわなあ・・・。

こういう、カメオ出演にも映画人のセンスって出るような気がする。

まぁ、全米公開2週連続1位だったか?大規模予算映画の面目は保てたのかもしれないが、結果はこの年のラズベリー賞助演男優賞にノミネートされ、今も駄作として語り草。

スペイダーさんの演技は、ほんっとにいいんだけどねえ・・・はぁ、溜息。

前段で、スペイダーの演技は「彼が演じることで、『世界』は成立する」と述べたが、残念ながら、本作でそれは果たし得なかった。勿論、心身に深いダメージを負うFBI捜査官というものは紛れもなく成立していたと思う。しかし、いかに彼が演技巧者であっても、キアヌの、自分の出演に納得していない仕事ゆえの不手際にまで及んで帳消しにすることはできなかった、ということだろう。

そう、この問題は、与えられた仕事についてキアヌ真面目に仕事しろ、というだけでは済まないのである。キアヌが扮した殺人鬼のキャラクターが、余りにも行き当たりばったりな構築なのは、制作者の責任である。

あぁ、あと、マリサ・トメイさんの存在意義は?てのは初見時と変わらず。

***

映画好きの、そしてBL好きの人たちの間で指摘されていることだが、

本作のストーリーの根底、キアヌ演じる犯人の動機に、スペイダーさん扮する捜査官への執着がある。

初見時、私が激怒したのは、こうした折角の設定が、全く活かされていなかったことがある。

同性愛というよりも、日本の腐な文化にドップリ浸かった当方としては、この出来には全く満足できないばかりか、活かしきれていない制作スタッフに許しがたい怒りを感じたものだ。

もうね、腐の観点からしたら、もう、これ以上ない配役なわけですよ。猟奇殺人鬼に執着される美しき捜査官・・・・・・それがスペイダーさんなんだから、もう、完ッ璧な配役なわけですよ。

で、あくまで捜査官のほうはノーマルなわけで、猟奇殺人鬼から愛を囁かれても二重三重の意味で当惑するだろうし嫌悪もするだろう。

そういうのを表現するんだって、スペイダーさんは完璧にやってくれたでしょうよ。

それをだなあ・・・・・と、まぁ、初見時の怒りに震えて家路を急いだ夜が思い出されてきちゃったよ。

先ほど紹介したポンコツ映画愛護協会さんは、捜査官にスペイダーを配するのは変、同性愛ならマッチョでなきゃ、という指摘をなさっている。確かにそうだ。であるからこそ、これは腐なのである。日本的なやおい、BL、JUNE・・・そういう匂いがするのである。で、それでありながら、どーしてこーなんだ!と、私などは怒りが収まらないわけである。

ただ、まぁ、繰り返しになるけど、もうすっかり「これは駄作だから」という諦念があるので、今更激高はしないのである。

***

さて、スペイダーさんの出演作は、「スペイダーさんがいかに素晴らしかったか」ということと、「作品そのものはどうだったか」という二つの観点で見ることができると思っている。

そのポイントに従って本作を評価すると、5点満点で

・スペイダー鑑賞度:4
・作品の完成度:2

ぐらいになるだろうか。

まぁ、どんなにスペイダーさんが熱演していたとしても、やはり「セックスと嘘とビデオテープ」のような、スペイダーさんを栄冠に導いてくれた作品ほどには、輝いていないということで、☆マイナス1。

あと、数多の出演作を誇るスペイダーさんのフィルモグラフィにおいて、彼が犯罪捜査官を演じているのは、これだけではないだろうか。サスペンスや犯罪もの、幾つも出ているが、FBI捜査官なり刑事なり、演じていた作品は他になかった気がする。

そして、作品の完成度は、とにかく「羊たちの沈黙」以降、星の数ほど作られた猟奇殺人モノとして、全く見るところがない作品。これはひとえにキアヌの演技と、なによりそのキャラクターを適切に作り上げられなかったスタッフに責任がある。

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