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2016年7月14日 (木)

驚きの「生前退位」報道

いや、夕べからビックリしどうし、ですわ

昨夜、何気なくネットでニュースをチェックしようとしたら

ヘッドラインに「天皇陛下、生前退位のご意向」とか出ていて、

もう、文字通り目が点になってしまった。

それから、あちこちネットで様々な意見を拾い読みして、結局一夜が明けてしまった(^^;

***

しかし、エラいことである。

ネットでの様々な意見には

「このタイミングでの、このご意向、さては護憲派のおかみが、憲法改悪を阻止するため乾坤一擲のカードを切ったのではないか?」

という見方がある。個人的にはそうであってくれると面白いと思ってるし、その可能性も捨てきれないとも思う。なんとなれば、ここ数年折に触れて陛下(のみならず皇后陛下や、更には皇太子殿下まで)憲法の精神を大事に、という護憲的発言を繰り返していたからである。

今回の参院選で、安倍与党が改憲に必要な議席を確保して、憲法改悪は非常に現実的なものとなった。それに対して、退位、という形で異議申し立てをすることは、天皇という位にある人に許された唯一無二の手段であろう。

しかし、もし、そうだとすると、太平洋戦争敗北の大変な国際状況の中でも、退位ということをしなかった天皇が、こういう形で、と深い感慨に浸ることになる。

とはいえ、天皇は、特に武家政権が確立したあとは、時の政権と、宮中の運営を巡って対立し、退位(譲位)を行ってきた歴史もある。その歴史を踏まえると、極めて日本的らしい成り行きなのかもしれない。

***

それにしても興味深いのは、昨夜、NHKが7時のニュース?でこの電撃的なことを報道した後、宮内庁次長という人物が、全面否定しているのに、一夜明けると、それを完全に無視するように新聞もテレビも報道しまくっていることだ。

勿論、宮内庁としては、口が裂けても、ハイそうです、とはいえないだろう。

ことは、天皇の政治不介入の原則にも抵触する。

天皇というのは、非常に不自由な存在だ。

そもそも皇族という人たちが、そうなのだろうが、とりわけ天皇はそうだ。

帝王という立場は我儘は許されない、などという一般論とは違った次元で、戦後の微妙な政治的条件のために、天皇は自身の意志・意向などを明かすことができなくなっている。

ましてや、生前退位などと、天皇の位を退くなどというのは、どうしたって政治的にならざるを得ないではないか!

今上天皇という人は、しかし、こうしてみると、つくづくビックリさせられるようなことをしてきた人だな、と感慨を持つ。

もう今では当たり前すぎて、特に何の感慨も湧かないかもしれないが、民間の、皇族でもなければ公家でもなかった女性を妃として迎えたことなど、その最たるものだ。

あのときも、なんのかんのいって、民間(庶民)は大フィーバー、ありえないことは、素晴らしいこととして受け入れられ、すっかり浸透してしまった。

皇族の結婚でそれを行った明仁さんは、今度は天皇の座を降りることでも同様のビックリポンをやってくれるということだろうか。

まぁ、今の感じだと「高齢だし尤もだ!」「ノンビリした老後を過ごしてほしい!」と世間は概ね好意的だ。

***

ところで、こういう皇室関連の出来事があったら、やはり「お台所」の意見を拝聴するにしくはない。

いつも興味深いコメントが並んでいるが、今回は常にもまして興味深い。

なるほど、そういう見方もあったか、こういう解釈もなるほどできるな。と、大いに刺激を受けている。

で、忘れっぽい自分はすっかり忘れていたのだが、2013年の6月に、当時、週刊新潮が生前退位について報道していた、ということがお台所に紹介されていた。

当時の週刊新潮6月20日号の記事とは、
・2013年2月1日、当時の宮内庁の風岡典之長官が、安倍首相に皇室典範の改正を提案した。
・将来、皇太子殿下が天皇に即位した後、早い段階で退位し、悠仁親王に皇位を継承するという考えを宮内庁側が示した。
・そのため秋篠宮に皇位辞退の権利を認める。
・「すべて天皇皇后両陛下の思し召し。すでに天皇・皇太子・秋篠宮の三者頂上会談でも話し合われ、納得されている」と宮内庁幹部が解説。
というものであった。

これについて、2013年6月13日、時の内閣官房と宮内庁は、「このような事実は一切なく、この記事はまったく事実無根」と週刊新潮編集部に対し文書で抗議し、訂正を申し入れた、というもの。

当時の風岡長官も同日、定例記者会見で「事実無根」と否定した。

そうか、3年ぐらい前に、こういう話があったんだなあ、と、これまたしみじみ。

***

実を言うと、今回の生前退位の報道を聞いて、最初に自分が感じたのは
「皇太子殿下への譲位は喜ばしいことだが、実は裏で、次は・・・などと迫っていないよな」
ということだった。

現行の法体制では果たせないことだが、自分は前々から敬宮さまに皇位を継いでほしいと願っている。憲法を改正するなら、それに関連したところにしてほしいとさえ思っている。

だが、現在の法体制ではそれは果たせない。悔しいことだが、皇太子殿下の次は弟宮、さらに次は、その若宮である。

だが、面白いことに、皇位継承順位ははっきりしているのに、皇太子殿下が登極なさったあとは、それもまた果たされないというから驚きだ。

皇太子殿下が天皇になったら弟宮が自動的に皇太子になると思っている人もいるようだが、現行の皇室典範での規定では「皇太子とは、ときの天皇の皇子」しかなれない。

つまり、秋篠宮さんが皇太子になれるのは、今上の御代の間だけ。

秋篠若宮が皇太子になるには、父親の秋篠宮さんが天皇になったとき。

現行の皇室典範には皇太弟の決まりがない。

私が希望する、敬宮様への皇位継承を開く女子継承の決まりもない。

もちろん、譲位の決まりもない!

というわけで、どうしたって皇室典範の改定はなされなければならない、ということなのだなあ。

***

さぁ、どうなるのだろう。

非常に興味深いのは、3年前の週刊新潮の記事は秋篠若宮への皇位継承ありきの内容だったと思えるのが、今回の話ではそちらは前面に出てきていない、ということだ。

2006年に懐妊の報がなされたときには、さぁ、万世一系の男系は大丈夫!と男系居士たちが狂喜乱舞した、若宮であったが、あれから10年、相変わらずいるのかいないのか、あまり世間では認知度が高くないように思う。

なんといっても、いまの皇太子殿下の御幼少のころと、余りに報道の量が少ないことが気になる。いやあ、浩宮様のお小さいころは凄かったぞ。明治大正昭和前期の人々がこれぞ「日本のお坊ちゃま!」「正統の若様!」と熱狂させるだけのものをもってらしたから、ま~成長の日々はきっちり報道されたものだ。

それに比して、と自分などはついつい疑問に思ってしまう。

一方で、まだまだDISる連中は少なくないが、皇太子妃殿下は一時期に比べて最近は健やかさも順調に取り戻されて、あまり報道されていないが、最近では皇太子殿下とご一緒の公務も増えておられる。

さらに、敬宮さまである。

あの、日本全国の耳目を集めたといっても過言ではない伊勢参詣から早くも時間は立ってしまったが、なんでも近く、神武天皇陵にお運びだとか?今月21日から一泊二日のご予定で奈良入りなさるそうだ。

伊勢、神武天皇陵・・・これは皇族として極めて大事なところである。

敬宮さまについては、なかなかこれらの場にお運びにならず、心無いネトウヨどもが「どうしていかないんだ!」と口さがなく罵っていたものだが、いざ、こうなってくると、やはり、時の皇太子のひとつぶだねが、そういう極めて大事なところにお運びになるのは、何か大事な取り決めがあったからだからと、つい穿ったことを思ってしまう。

つまり、ゆくゆくは、皇室を背負って立つ、というような立場になりました、ですのでご挨拶に伺いました、というような・・・

こういうことを書くと、ネトウヨさんや熱心な秋篠信者の人たちにはなーにいってやがんでといわれるだけだろうが、どうも、そういう流れになってきているのではなかろうかと、前向きな希望を抱いてしまうのである。

もし、今度のことで、いわゆる男系男子の継承を行おうとしているとしても、皇太子殿下の御代ともなれば、そのたった一人の内親王に焦点が当たらないわけはない。国民の間でもこれ以上にない関心を抱くようになるだろう。その際、かつてあった心無い噂、いわく敬宮さんは障害児であるだのなんだのといった話が真実かどうかを、とっくり確かめればいいのである。

これからの日本、本当に正念場である。

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